「書かれた辻沢 72」
文字数 2,381文字
ユウさんが後ろを振り向いて言った。
「クロエとミユキはボクの後ろに付いておいで。まひるは最後尾で」
「分かりました」
まひるさんはすかさず後退してしんがりについた。
「それからヘッドライトは消した方がいいよ。奴らは目立つのに襲いかかってくるから」
と言われたので、クロエと一緒にライトの明かりを消した。
視界は真っ暗になったけれど、ユウさんの白いパーカーはちゃんと見えていて、やがて周りもはっきりと見えるようになってきた。
月明かりは届いてないけれど湿気た枯れ葉の道が明るく見えていて迷うことはなさそうだった。
「ミユキは、エネミー見ててね」
とユウさんに言われたので、引き続きスマフォのマップはあたしが担当になった。
改めて確認すると、先ほどよりも赤い点滅は増えている。
「直ぐ側まで来ているのも居ます」
と言うと、
「いちいち相手するのは面倒だから、少し急ごう」
とユウさんは駆けだした。あたしたちもそれに付いて走る。
両側に木々の影が迫る狭い夜道をユウさんは軽快に駆け抜けて行く。
クロエもあたしもそれに必死になってついてゆくけれど、どうしても置いてきぼりになりそうになった。
それでも、ユウさんの白い背中が見えなくなると、道の先で立ち止まって待っていてくれた。
だから、多少遅れても道さえ踏み外さなければ大丈夫だった。
ただあたしはマップを見てもどこをどう走っているのかもう分からなくなっていた。
道が坂になった。坂の上の先を見ると、星空の中に青墓の小高い丘の頂上が見えていた。
たしかサキと前に来た時、この辺りを通ったのじゃなかったか。
足下が滑りやすくなっているので転ばないように気をつけながら走る。
そうしてしばらく坂を登っていると、
「わがちをふふめおにこらや」
あの声がした。クロエを見ると、
「聞こえた?」
と言う顔をしていたので耳にしたのはあたしだけではなさそうだった。
「そろそろ近いよ」
とユウさん。
「もしかしてお墓参りって」
とユウさんに問いかけると、
「そう。母宮木野の墓参り」
と言うと突然道からジャンプし、目下の斜面に降りて行ってしまった。
あたしはしばらく暗闇の中に消えたユウさんの白いパーカーを探した。
ところが、まひるさんが、
「行きましょう」
と、ユウさんと同じように斜面を降りて行ったので、慌ててクロエの手を放してから、斜面に飛び降り二人の後を追ったのだった。
斜面を転げそうになりながら思い出す。
前に来たときは、サキが斜面で足を滑らせたのを追いかけて行ったら、あの落ち葉の海に出くわしたのだ。
「楽しー」
クロエがテンションを上げて斜面を滑りおりるのを眼の端に留めつつ、あたしも転ばないようにこらえながらようやく平らな場所にたどり着いた。
クロエは勢い余ってつんのめっている。
クロエを助け起こしてユウさんとまひるさんを探す。
その平地は窪地の底で、杉の生える斜面に囲われている。
「こっちこっち」
とユウさんの声が反響して聞こえてきた。
目を凝らすと、すこし離れた杉の木の下にユウさんとまひるさんが立っているのが見えた。
あたしがそちらに近づこうとすると、
「そこ、まっすぐ来るとハマるから」
とユウさんが手で迂回路を指して誘導してくれた。
それで足下を見ると、あたしはもう膝下まで落ち葉の中に埋もれていたのだった。
クロエと二人で落ち葉を掻き分けながら、ユウさんとまひるさんのいる場所まで移動する。
「お疲れ」
とユウさんに声を掛けられて、ようやく目的地に着いたことを知る。
「ここって、いつもこうしてあるものなんですか?」
目の前に広がる落ち葉を眺めながらユウさんに聞いた。
前は朝になったら消えていたから、あたしはとんでもない確率でしか出くわせないものかと思い込んでいた。
「あの声が聞こえた時じゃないと来れないけどね」
とユウさんが言う。
「でも、ユウさんは今晩ここに来る気だったんでしょう? どうしてあの声がするって知ってたんですか?」
と聞くと、
「知ってたわけじゃないけど」
とユウさんが言いにくそうにしているのをまひるさんが引き受けて、
「タイミング的にスレイヤー・Rと合致することが多いようです」
と言った。
ユウさんとまひるさんは何度となくスレイヤー・Rに参戦するうちに、青墓自体にサイクルがあることに気がついたのだという。
「スレイヤー・Rはヤオマン主導だと思っていたけど違ったんだ」
たしか企画も運営もヤオマンの子会社YSSだったはずだけれど。
「別の会社だったんですか?」
とあたしが聞くと、
「いいやそういうレベルでなくって」
とユウさんが口ごもったのをまひるさんが、
「青墓主導のようなんです」
と説明した。
青墓がスレイヤー・Rを開催しているって? なんか変だ。
まひるさんが言いたかったのは、蛭人間が青墓に出現するのはヤオマンが制御しているわけではないということだった。
むしろ青墓で蛭人間が出現する時機を見計らってスレイヤー・Rの定例をぶつけて来ているということらしい。
さらにユウさんが、
「蛭人間も屍人やヒダルと同じようにこの世の者でないだろ?」
彼らが倒されると、青い炎を上げながら青墓の地面に吸い込まれるように消えてしまう。
「ボクは青墓ってあの世とこの世の境界にあるんじゃないかって思うんだよね」
と言って少し間を置いた後、
「その境界があの世寄りになったりこの世寄りになったりのサイクルを繰り返してる」
と続けた。
「潮の満ち引きのようにです」
とはまひるさん。
「で、青墓があの世寄りになると蛭人間が出現する」
「蛭人間は満ち潮で岸に寄せてきた生き物なんです」
あたしは、ユウさんとまひるさんが言いたいことが分かる気がした。
「じゃあ、母宮木野の墓の出現もそのタイミングで?」
「そう。だから母宮木野の墓もあの世のものなんだよ」
とユウさんは言ったのだった。
「クロエとミユキはボクの後ろに付いておいで。まひるは最後尾で」
「分かりました」
まひるさんはすかさず後退してしんがりについた。
「それからヘッドライトは消した方がいいよ。奴らは目立つのに襲いかかってくるから」
と言われたので、クロエと一緒にライトの明かりを消した。
視界は真っ暗になったけれど、ユウさんの白いパーカーはちゃんと見えていて、やがて周りもはっきりと見えるようになってきた。
月明かりは届いてないけれど湿気た枯れ葉の道が明るく見えていて迷うことはなさそうだった。
「ミユキは、エネミー見ててね」
とユウさんに言われたので、引き続きスマフォのマップはあたしが担当になった。
改めて確認すると、先ほどよりも赤い点滅は増えている。
「直ぐ側まで来ているのも居ます」
と言うと、
「いちいち相手するのは面倒だから、少し急ごう」
とユウさんは駆けだした。あたしたちもそれに付いて走る。
両側に木々の影が迫る狭い夜道をユウさんは軽快に駆け抜けて行く。
クロエもあたしもそれに必死になってついてゆくけれど、どうしても置いてきぼりになりそうになった。
それでも、ユウさんの白い背中が見えなくなると、道の先で立ち止まって待っていてくれた。
だから、多少遅れても道さえ踏み外さなければ大丈夫だった。
ただあたしはマップを見てもどこをどう走っているのかもう分からなくなっていた。
道が坂になった。坂の上の先を見ると、星空の中に青墓の小高い丘の頂上が見えていた。
たしかサキと前に来た時、この辺りを通ったのじゃなかったか。
足下が滑りやすくなっているので転ばないように気をつけながら走る。
そうしてしばらく坂を登っていると、
「わがちをふふめおにこらや」
あの声がした。クロエを見ると、
「聞こえた?」
と言う顔をしていたので耳にしたのはあたしだけではなさそうだった。
「そろそろ近いよ」
とユウさん。
「もしかしてお墓参りって」
とユウさんに問いかけると、
「そう。母宮木野の墓参り」
と言うと突然道からジャンプし、目下の斜面に降りて行ってしまった。
あたしはしばらく暗闇の中に消えたユウさんの白いパーカーを探した。
ところが、まひるさんが、
「行きましょう」
と、ユウさんと同じように斜面を降りて行ったので、慌ててクロエの手を放してから、斜面に飛び降り二人の後を追ったのだった。
斜面を転げそうになりながら思い出す。
前に来たときは、サキが斜面で足を滑らせたのを追いかけて行ったら、あの落ち葉の海に出くわしたのだ。
「楽しー」
クロエがテンションを上げて斜面を滑りおりるのを眼の端に留めつつ、あたしも転ばないようにこらえながらようやく平らな場所にたどり着いた。
クロエは勢い余ってつんのめっている。
クロエを助け起こしてユウさんとまひるさんを探す。
その平地は窪地の底で、杉の生える斜面に囲われている。
「こっちこっち」
とユウさんの声が反響して聞こえてきた。
目を凝らすと、すこし離れた杉の木の下にユウさんとまひるさんが立っているのが見えた。
あたしがそちらに近づこうとすると、
「そこ、まっすぐ来るとハマるから」
とユウさんが手で迂回路を指して誘導してくれた。
それで足下を見ると、あたしはもう膝下まで落ち葉の中に埋もれていたのだった。
クロエと二人で落ち葉を掻き分けながら、ユウさんとまひるさんのいる場所まで移動する。
「お疲れ」
とユウさんに声を掛けられて、ようやく目的地に着いたことを知る。
「ここって、いつもこうしてあるものなんですか?」
目の前に広がる落ち葉を眺めながらユウさんに聞いた。
前は朝になったら消えていたから、あたしはとんでもない確率でしか出くわせないものかと思い込んでいた。
「あの声が聞こえた時じゃないと来れないけどね」
とユウさんが言う。
「でも、ユウさんは今晩ここに来る気だったんでしょう? どうしてあの声がするって知ってたんですか?」
と聞くと、
「知ってたわけじゃないけど」
とユウさんが言いにくそうにしているのをまひるさんが引き受けて、
「タイミング的にスレイヤー・Rと合致することが多いようです」
と言った。
ユウさんとまひるさんは何度となくスレイヤー・Rに参戦するうちに、青墓自体にサイクルがあることに気がついたのだという。
「スレイヤー・Rはヤオマン主導だと思っていたけど違ったんだ」
たしか企画も運営もヤオマンの子会社YSSだったはずだけれど。
「別の会社だったんですか?」
とあたしが聞くと、
「いいやそういうレベルでなくって」
とユウさんが口ごもったのをまひるさんが、
「青墓主導のようなんです」
と説明した。
青墓がスレイヤー・Rを開催しているって? なんか変だ。
まひるさんが言いたかったのは、蛭人間が青墓に出現するのはヤオマンが制御しているわけではないということだった。
むしろ青墓で蛭人間が出現する時機を見計らってスレイヤー・Rの定例をぶつけて来ているということらしい。
さらにユウさんが、
「蛭人間も屍人やヒダルと同じようにこの世の者でないだろ?」
彼らが倒されると、青い炎を上げながら青墓の地面に吸い込まれるように消えてしまう。
「ボクは青墓ってあの世とこの世の境界にあるんじゃないかって思うんだよね」
と言って少し間を置いた後、
「その境界があの世寄りになったりこの世寄りになったりのサイクルを繰り返してる」
と続けた。
「潮の満ち引きのようにです」
とはまひるさん。
「で、青墓があの世寄りになると蛭人間が出現する」
「蛭人間は満ち潮で岸に寄せてきた生き物なんです」
あたしは、ユウさんとまひるさんが言いたいことが分かる気がした。
「じゃあ、母宮木野の墓の出現もそのタイミングで?」
「そう。だから母宮木野の墓もあの世のものなんだよ」
とユウさんは言ったのだった。