「書かれた辻沢 109」

文字数 1,677文字

 ひだるさまの鎌爪があたしの頭上に振り降ろされて来る。

その一振りは巨木を切り倒す破壊力だ。あたしの頭蓋骨などひとたまりもないだろう。

死ぬんだなと思った。

走馬灯が始まると思ったけどなくて、こういう時は目をつぶればいいのか、開いていたがいいのか? そんなどうでもいいことが気になった。

……。

 気づくと誰かに負ぶわれていた。

「元気いっぱいなのはいいけど、気をつけなきゃね」

 負ぶってくれているのはお養母さんだった。

 でも、あたしは放課後の小学校でチヒロと追いかけっこをしていたはずだった。

「転んで気を失ったってチヒロくんが知らせてくれたの」

 お養母さんはパートを抜け出して学校に駆けつけてくれたんだそう。

「保健の先生がすぐに病院で検査してくださいって」

 あたしを負ぶって大学病院へ向かう途中だった。

「ごめんなさい」

 と言うと、

「フジミユ、気が付いた?」

 と負ぶっている人が言った。それはお養母さんではなくクロエの声だった。

 クロエはあたしの後を追ってきてくれたのだ。

「ごめん、逃げ出したりして」

 と言うと、

「本当だよ。さんざん探したんだから」

「さんざん?」

「すごく長いこと、青墓を彷徨って探したんだから」

「そんなに?」

 あたしはみんなにどれだけ迷惑をかければ済むんだろう。

「でもしかたないよ。フジミユは自分のこと誰だか分らなかったんでしょ?」

 クロエの言ってることが理解できなかった。少なくとも、あたし的にはずっとあたしであったはずだが。

「みんな待ってるからね」

 落葉の道を進んでしばらく行くと広場が見えた。

そこはついこの間、みんなで休んだ場所だった。みんながそこに集まっていた。

 ユウさんがあたしたちに気づいて近寄ってきた。

それに続いてまひるさんとアレクセイも。そして、

「ミユキ、やっと会えたね」

 と言ったのはミユウだった。

「ミユウ。いつの間に? あたしのいない間に見つけてもらったの?」

 と聞くと、

「可哀そうに。まだ混乱してるんだね」

 と言って、みんなの顔を見回した。

「きっとまだひだるさまの意識が抜けないんだ」

 とユウさん。

「けちぼん池で清めればすぐに元に戻ります」

 とまひるさんがあたしの肩に触れた。

 何かが変だった。そもそもみんなの格好がおかしかった。

まひるさんが着ているのは国語便覧で見るような女の旅装束だった。

ミユウとユウさんはところどころにパッチが当たった野良着で、アレクセイは襞襟服を着て異国の人の恰好をしていた。

みんなどうして時代コスプレしてるの?

 クロエはあたしを背中から下ろすとその場に座らせた。

そしてあたしの目をのぞき込んで、

「フジミユ。あたしとミユウは分かるよね? こっちがユウと傀儡のまひる。この人は異国から来たアレクセイだよ。フジミユの命を奪った時は童女だったけど、今は童で仲間になってるんだ。あたしたちはずっと、フジミユを探して青墓を彷徨ってた。今やっと見つけたんだよ」

 と言った。

 その説明ではあたしとミユウが逆転していた。

あたしはミユウの役になっていた。

そしてあたしのミユウがそうなようにひだるさまとなって青墓を徘徊していたらしい。

 あたしが黙っていると、クロエがあたしの右手を取って、

「薬指がある」

 そう言って自分の左手をあたしの目の前に差し出した。

その手には薬指がなかった。そして、あたしの右手の薬指をさすりながら、

「ひだるさまになると元にもどるのかな」

 と言って袖の中に手を入れて二本のちぎれた指を取り出したのだった。

「変なの」

 変なのはクロエのほうだ。

薬指がないのはクロエとあたしではない。ミユウとユウさんだ。

ミユウはアレクセイに殺された時に、ユウさんはえにしの切り替えの時にそれぞれ嚙みちぎったのだ。

あたしは二人の薬指を見た。驚いたことに二人にそれはちゃんとあった。

 あたしはようやく理解した。

偽物にしては本物すぎるけど、この人たちはあたしの家族ではない。

じゃあ、あたしのユウさん、まひるさん、クロエ、アレクセイはどこに行ってしまったんだ?

そう思うと、とてつもない孤独感が襲ってきて全身の震えが止まらなくなった。
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