「書かれた辻沢 43」

文字数 2,488文字

 紫子さんから電話があった。

「クロエちゃんが鬼子神社に案内して欲しいって」

 クロエは鬼子神社のことを役場のエリさんから聞いたらしい。

紫子さんの電話を切った後、もしやと思ってエリさんに電話してみた。

「いいえ、お目にかかってませんよ。おかしいですね」

 調査地をいきなり四ツ辻に決めた時と同じだった。

あの時も会ってもいない教頭先生に教えて貰ったと言ったのだった。

クロエは鬼子に接近するとき情報を操作する。まるで、何かを隠しているかのようだ。

 鬼子神社にはユウさんがいる。

一応言っておいた方がよいと思って連絡するつもりになって思い出した。

「ほぼほぼ出ないから、まひる経由で」

 連絡方法は教えて貰っている。でも何だか敷居が高くてスマフォを持つ手が震えた。

 ホテルに電話して、

「スカンポ下さい」

 と言うと、嫌な沈黙があったあと、

「どちら様からとお伝えしますか?」

 と聞かれたので、

「フジノミユキです」

 と言った。

短いやりとりでめっちゃ手汗掻く。

こんなことならユウさんとホットラインを作っておけばよかった。

なんだか薬指までうずき出したので目をやると、いつもより赤い糸がはっきりと見えていた。

「ミユキ様、ごきげんよう」

 まひるさんの声が聞こえてきた。それだけで胸がドキドキする。

やばい、この人の声は魔力を持っている。

 しどろもどろになりながら、まひるさんにユウさんと連絡を取りたい旨を伝えると、

「それでは、これから鬼子神社に行って参ります」

「え? まひるさん経由ってそういうことなんですか?」

「そうですよ。それが何か?」

 世界的ゲードルを使いっぱ扱いって、ユウさんっていったい。 

「あ、でもミユキ様はこれから四ツ辻から鬼子神社に向かわれるのですよね。それならば、あたしもご一緒したいからそちらに伺います」

 って言われたから、あたしはあわあわわってなって、その間に電話が切れた。

 まひるさんが来てくれる。思いもしなかったことだけれど、本当は電話したときからこれを期待してたんじゃないの?

 大急ぎでシャワーを浴びて、歯を磨いて、髪をとかして、ミュウの荷物から化粧道具を借りて、薄めのメイクして最後にリップを付けてみる。

似合わねー。

 いや、やっぱりいつものミユキで行く。まひるさん嫌いじゃないかな、ノーメイクの子。
 
……。

あたしは何をしている? なんだこの乙女心は。

デートに行くつもりになってるじゃーないか。

 心を平静に保つため窓辺で深呼吸をしながら森の安らぎを見て、まひるさんが来るのを待った。

 駐車場からタイヤが砂利を踏む音とぼぼぼぼぼいう排気音が聞こえてきた。

なんだか、この間のとは違うぼぼぼぼぼな感じがしたけど、こんな山奥のキャンプ場にぼぼぼぼぼで来る人はいないからきっとまひるさんだ。

玄関から出て確認する。

 やはりぼぼぼぼぼは見たこともないようなスポーツカーだった。

流麗なボディーが美しい真っ赤な車。

まひるさん以外誰が乗る?

 あたしは、思いっきりパンパンにしたショルダーバッグを引っ提げてぼぼぼぼぼに向かって走った。

 あたしがたどり着く前に運転席のドアが開いた。

中から出てきたのは漆黒のセーラー服姿のまひるさんだった。

わざわざ助手席にまわって出迎えてくれた。深紅の縁のサングラスをかけている。

「お待たせしました」

 とまるで執事のように助手席のドアを開いてくれた。

あたしはお姫様気分で、その流線型の車体の中に身を沈み込ませた。

 運転席側に移動するまひるさんがフロントガラスの向こうであたしを見て微笑んでいる。

心臓が早鐘のように鳴るなんて、ただの表現だと思ったけれど、自分の身に起こるなんて思ってもみなかった。

あたしはすっかりまひるさんの魔法の虜になってしまっている。

「行きましょう」

 とドアを閉めたまひるさんが言った。

あたしはお迎えに来てもらったことをお礼を言った。

でも、そのあとの沈黙に耐えられず何か話すことを探したが頭が回らない。

それで言うに事欠いて、

「この車高そうですね」

 と言ってしまった。

あたしは何を? 失礼過ぎる。

ところがまひるさんは気にする様子もなく、

「そうですね。このフェラーリ・ディーノ246は旧車ですがそれなりにしました」

 知らない車名だったけれど、フェラーリというのが1000万以上する高級車ということぐらいは分かる。

まひるさん、この間のも高そうな車だった。

いったいいくつ持ってるんだろう。

てか、せっかくのまひるさんとのドライブなのに。下世話な自分が嫌になる。

 ディーノ様は山道に入った。

ユウさんとはまったく違って、まひるさんの運転はエレガントで心地よかった。

でもちょっとユウさんに似ているところもある。

それはコーナーだけは絶対ギリッギリを攻めるところだ。

まひるさんはコーナーにさしかかると、対向車など見切っているかのように突っ込んでいく。

そのたびにあたしは掌に汗だ。ついでに薬指までがむず痒くなった。

 ようやく四ツ辻に着いた。

あたしは車を降りるときにはヘトヘトになってしまっていた。

最後の登りはコーナーばかりだったから。

気付けばサングラスの奥のまひるさんの目が金色に光って、ユウさんのようだったのだ。

結局二人とも一緒じゃん。

「車を停めてきます。あ、あそこにしましょう」

 と向かったのは山椒畑の中、ユウさんがこの間の夜に停めたスポーツカーの隣だった。

まだ放置してあったのだ。 

 その間にスマフォでクロエの位置情報を確認する。

何故か点が二つあった。

一個は調邸に、もう一個はバス通りをこちらに移動している。

移動している点のプロパティー(属性)を見るとクロエの元のスマフォのものだった。

どうしたのかスマフォが見つかったようだ。

 あたしは、すぐに紫子さんに会った。

クロエが来たら紫子さんが鬼子神社に連れて行くと言ったので、紫子さんの膝が心配だったけれど影からサポートすると約束をしてお願いした。

そうするより今の状況では仕方なかったからだけど、いつまでもこれではいけないと思う。

いずれあのパジャマの少女の意図をはっきりさせて、クロエにもミユウのことを話してあげなきゃなのだった。
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