「書かれた辻沢 62」

文字数 1,733文字

 クロエはそのままソファーで寝息を立てて眠ったようだった。

タオルケットをベッドから持って来て掛けてあげる。

寝顔を見る限りでは幸せそうないつものクロエの顔で、これがあのパジャマの少女に取り憑かれた人間とはとても思えなかった。

「先生はどうしてクロエが使い魔になってると分かったんですか?」

 クロエに動画を見せる前からそれと当たりを付けていた。

「目なんだよ。ヴァンパイアの目をしていたんだ」

 鞠野先生は、ヴァンパイアと目が合うと、普通の人間とは違って網膜の奥がひりつくような感じがすると説明した。使い魔もそれを引き継ぐらしい。

「おそらくノタくんの目を通して僕たちを見てたんだ」

 五感に干渉できるなんて、

「じゃあ、今も聞き耳を立ててるかもしれませんね」

 と声をセーブして言うと、

「そうだね」

 と鞠野先生も小声で話し出したのだった。なんか可笑しい。

「じゃあ、なんでもない話をしましょうか」

 と言うと、鞠野先生が、

「そうしよう」

 と今度は聞こえよがしにクロエに言った。

すると、クロエがすくっと起き上がって、

「で、ユウはどこにいるんだっけ?」

 と唐突に言い出したのだった。

 パジャマの少女はやっぱり聞いていたようだった。

しかし、この反応の仕方はダメでしょ。

クロエがいくら無邪気と言っても、こうは酷くはない。

これはパジャマの少女自体の精神年齢が反映された行動じゃないか。そんな気がした。

「ユウさんなら、ほら、帰ってきた」

 今さっき駐車場からぼぼぼぼぼと排気音が響いてきたところだ。

「「ただいま」」

 と玄関に現れたのは、ユウさんとまひるさんだった。

「「お帰りなさい」」

 を聞く間もなく、ユウさんはクロエの横まで一直線に歩いてくると、

「クロエ現れたな。ヴァンパイアさんこんにちはー」

 とクロエの目を覗き込んで手を振った。

 するとクロエは再び白目をむいてソファーに横倒しになり寝息を立て始めたのだった。

「なんだ、逃げちゃったか」

 ユウさんは特に残念そうでなく言ったのだった。

「ユウさんは知ってたんですか?」

「ヴァンパイアのこと? 何度か会ってね、気付いた。ボクたちを世話したオトナがこういう目をするんだ。クロエは鬼子のはずなのにおかしいって最初は思ったけれど、なるほどってね」

 ユウさんは一気に説明すると、

「シャワー借りるよ。汗だらけなんだ」

 と言って奥のレストルームに入っていって、しばらくしたらシャワーの音が聞こえてきた。

「今日一日、ユウ様はお忙しかったんです」

 と言ったまひるさんは、ゆうさんと違って汗一つかいてる様子もなく涼しげだった。

そして、クロエの横に立つと、

「この方がクロエ様ですか? 本当にユウ様にそっくりですね」

 と言った。

「初めてでしたよね」

 とあたしが聞くと、まひるさんは、

「一度お会いしたことがあります」

 と言う。クロエとそんなエニシがあったのかと思って、

「どこで会ったのですか?」

 と尋ねると、

「握手会で」

 と言ったのだった。

「ユウさんと似てたから覚えてたのですか?」

 と聞いたのは鞠野先生だ。

「いいえ。あのころはまだユウ様のことは知りませんでした」

「なら、どうしてです?」

 よっぽど強いエニシを感じたのかも知れない。

「お会いした、ほとんど全ての人の顔を覚えていますので」

 まひるさん、これまで何人の人と会ってきたの?

おそらく1万人は下らないはずだ。

それを全部覚えてるって、まひるさんってばやっぱり怪物だ。

あ、そういう意味でないですって思ったけど遅かった。

「いいえ、気にしてませんよ。現役の時などRIBのメンバーさえ気持ち悪がってましたので」

 と言ったのだった。

 それでもちょっと気まずかったので、シャワーから出てくるユウさんのために着替えを用意してレストルームに置きに行く。

「済みません、着替えをー」

 と隙間から着替えを差し入れようとしたら、ユウさんはすでに脱衣所にいて背中をこちらに向けているのが目に入った。

その背中にはいくつもの大きな傷があって、あたしは思わず「すごっ」と言ってしまった。

「ミユキ、覗くなよ。すけべ」

 と言われて慌てて扉を閉める。

「ごめんなさい」

 あたしは、顔がマグマのように熱くなったのを冷やそうと、キッチンに直行して顔を洗ったのだった。


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