「辻沢日記 55」
文字数 1,656文字
結局ユウとあたしは倉庫に入った。
ユウが扉を閉めると外の光が遮断されて真っ暗になったけれど、あたしは夜目が利くから平気だ。
中は湿気とカビの匂いでむっとしていた。
壁に朽ちかけた木材が立てかけてあるだけの他に何もない空間で、奥の暗闇にいっぱいの敵も最強のラスボスもいなかった。
気付けばユウもあたしもずいぶん体力を消耗していた。
二人で倉庫の地面に腰を下ろし壁にもたれかかって休むことにする。
ユウの怪我をみる。これまでの戦いで沢山の傷を負っていたのだ。
右腕のタオルを巻き直すと傷はそのままだったが血は止まったようだった。
他の傷にはハンカチとティッシュを使った。それもそろそろ足りなくなりそうだ。
リュックから着替えのTシャツが出てきて、自分の汚れたTシャツを替えたかったけど、手が繋がったままだ。
袖を通すこともできないしと諦めてユウの傷の治療に使うことにする。
Tシャツを戻すときコンビニ袋に触れたので何だろうと思って引っ張り出した。
すっかり忘れていたが、駅前で塩おにぎりを買って入れておいたのだった。
「何それ?」
ユウが聞いてきた。
「おにぎり」
「持ってきたんだ」
「だめだよ。これは何かあった時用にとっておくんだから」
「そういうの死亡フラグって言うんじゃないの?」
逆にユウに言われてしまった。
「食べたいの?」
「別にいらないよ。ミユウはいつも拾い食いしてるから珍しいなって」
「拾い食いって……。言い方」
あたしはユウを追跡してる間中お腹が空きっぱなしで、いつも草木から養分をいただいていたけれど、決して拾い食いではない。
そういえば、潮時にユウはお腹が空かないのだろうか?
ユウが発現中に何かを口にしているのを見たことはなかったが。
「お腹空かないの? あの、その時」
ユウに聞いてみた。
「空腹感というより渇望感のほうが強いかな。自分を突き動かす衝動みたいな感じの。何かしなくちゃって思うけど、その何かが分からない」
その渇望感は、屍人や蛭人間を殲滅したいというのとは別物だと今なら分かる。
なら、その渇望感や使命感と屍人や蛭人間がユウの元に集まってくるのとどんな関係があるのだろうか?
夕霧物語との相関を考えてしまう。どう言っても夕霧物語は鬼子を呪縛する物語だから。
「ユウ。あのね。このあいだ夕霧物語のことで……」
あたしは夕霧物語を「縁起」と言ってユウを怒らせてしまったことの申し開きをしようと思った。
「いいよ。その話は」
ユウが力なく言った。
それについて一切議論したくない様子だった。
「わかった。なら別で聞いてもらいたいことがあるの」
あたしにはそれを置いておいても、今この時、ユウに伝えておきたいことがあった。
それは鬼子神社のことだ。
あの後に参道を実測して分かったことを知って欲しかったのだ。
けれどユウは興味なさげで、小枝を手に取り地面をほじっている。
あたしは構わず話を続けた。
「あの神社の社殿は船体部分が埋まった船っていうのは一緒に確かめたでしょ」
ユウの反応はない。
「あれから参道を実測して分かったんだけど、あの参道ね、中央が窪んでるんだよね」
つまり、ごろたを置いた石畳の横断面が逆かまぼこ形をしているのだ。
「あたしね、また変態って言われるかもだけど、石を一つ一つ実測してみたの」
位置、向き、大きさ。それとサーフェイス。表面の状態だ。
あたしは苔の模様も含めて全てを詳細図にプロットした。
そうしたらある傾向が見えてきた。
もしあたしが一個の石に拘らずに石畳を模式図化していたら、きっとこのことは分からなかったろう。
「参道の石のこけの下に傷が残っていたの。縦方向に長いのがいっぱい」
それは特に石畳の中心部の石に顕著にあった。
傷は石から石に跨がってあって、杉並木の間の200mの全区間、鳥居からすり鉢の縁まで分布するものだった。
「その傷はかなり重い物を引きずった跡みたいなんだ」
と言うと、耳元で、
「船だ。船を曳いた跡だ」
とユウが大声を上げた。
驚いて横を向くと、ユウのキラキラした瞳があたしを見つめていた。
ユウが扉を閉めると外の光が遮断されて真っ暗になったけれど、あたしは夜目が利くから平気だ。
中は湿気とカビの匂いでむっとしていた。
壁に朽ちかけた木材が立てかけてあるだけの他に何もない空間で、奥の暗闇にいっぱいの敵も最強のラスボスもいなかった。
気付けばユウもあたしもずいぶん体力を消耗していた。
二人で倉庫の地面に腰を下ろし壁にもたれかかって休むことにする。
ユウの怪我をみる。これまでの戦いで沢山の傷を負っていたのだ。
右腕のタオルを巻き直すと傷はそのままだったが血は止まったようだった。
他の傷にはハンカチとティッシュを使った。それもそろそろ足りなくなりそうだ。
リュックから着替えのTシャツが出てきて、自分の汚れたTシャツを替えたかったけど、手が繋がったままだ。
袖を通すこともできないしと諦めてユウの傷の治療に使うことにする。
Tシャツを戻すときコンビニ袋に触れたので何だろうと思って引っ張り出した。
すっかり忘れていたが、駅前で塩おにぎりを買って入れておいたのだった。
「何それ?」
ユウが聞いてきた。
「おにぎり」
「持ってきたんだ」
「だめだよ。これは何かあった時用にとっておくんだから」
「そういうの死亡フラグって言うんじゃないの?」
逆にユウに言われてしまった。
「食べたいの?」
「別にいらないよ。ミユウはいつも拾い食いしてるから珍しいなって」
「拾い食いって……。言い方」
あたしはユウを追跡してる間中お腹が空きっぱなしで、いつも草木から養分をいただいていたけれど、決して拾い食いではない。
そういえば、潮時にユウはお腹が空かないのだろうか?
ユウが発現中に何かを口にしているのを見たことはなかったが。
「お腹空かないの? あの、その時」
ユウに聞いてみた。
「空腹感というより渇望感のほうが強いかな。自分を突き動かす衝動みたいな感じの。何かしなくちゃって思うけど、その何かが分からない」
その渇望感は、屍人や蛭人間を殲滅したいというのとは別物だと今なら分かる。
なら、その渇望感や使命感と屍人や蛭人間がユウの元に集まってくるのとどんな関係があるのだろうか?
夕霧物語との相関を考えてしまう。どう言っても夕霧物語は鬼子を呪縛する物語だから。
「ユウ。あのね。このあいだ夕霧物語のことで……」
あたしは夕霧物語を「縁起」と言ってユウを怒らせてしまったことの申し開きをしようと思った。
「いいよ。その話は」
ユウが力なく言った。
それについて一切議論したくない様子だった。
「わかった。なら別で聞いてもらいたいことがあるの」
あたしにはそれを置いておいても、今この時、ユウに伝えておきたいことがあった。
それは鬼子神社のことだ。
あの後に参道を実測して分かったことを知って欲しかったのだ。
けれどユウは興味なさげで、小枝を手に取り地面をほじっている。
あたしは構わず話を続けた。
「あの神社の社殿は船体部分が埋まった船っていうのは一緒に確かめたでしょ」
ユウの反応はない。
「あれから参道を実測して分かったんだけど、あの参道ね、中央が窪んでるんだよね」
つまり、ごろたを置いた石畳の横断面が逆かまぼこ形をしているのだ。
「あたしね、また変態って言われるかもだけど、石を一つ一つ実測してみたの」
位置、向き、大きさ。それとサーフェイス。表面の状態だ。
あたしは苔の模様も含めて全てを詳細図にプロットした。
そうしたらある傾向が見えてきた。
もしあたしが一個の石に拘らずに石畳を模式図化していたら、きっとこのことは分からなかったろう。
「参道の石のこけの下に傷が残っていたの。縦方向に長いのがいっぱい」
それは特に石畳の中心部の石に顕著にあった。
傷は石から石に跨がってあって、杉並木の間の200mの全区間、鳥居からすり鉢の縁まで分布するものだった。
「その傷はかなり重い物を引きずった跡みたいなんだ」
と言うと、耳元で、
「船だ。船を曳いた跡だ」
とユウが大声を上げた。
驚いて横を向くと、ユウのキラキラした瞳があたしを見つめていた。