「書かれた辻沢 67」
文字数 1,985文字
クロエはそれからの数日は、毎日のようにまひるさんのヤオマン・グランドホテルに入り浸ってオタ活の全盛期を築いていた。
あたしもまひるさんに会いたかったけれど、次のスレイヤー・Rの定例までにすることがあったので同行しなかった。
クロエは夕方遅く帰ってきて、
「まひの手作りサンド食べたよ」
とか、
「今日のおやつは、銀座吉岡屋のマリトッツォだった」
とか、
「見てー、これ『ハナヂ』の時のまひの制服貰っちゃったの。アヤネんにセンター譲った曲のだよ」
とか言って楽しそうにしてる。ちょっとうらやましかった。
「アヤネん?」
「まひの妹分の鈴鹿アヤネちゃん。一緒だと思ったらいなかった。でもコトコトには会えた」
コトコトというのは、あたしが会った暗い顔をした妹さんのことだろう。
「ハナヂって、鼻から出るヤツ?」
「そう聞こえるけれど、『恋の花道 血染め旅』だから、花に血ね」
よくわからないけど、そういうことらしい。
「運営のせいで変な略称になったって、まひも苦い顔してたよ」
まひるさんに会ってからというもの体全体で人生楽しんでる感いっぱいのクロエだった。
食事は家政婦の体で調邸に出入りしている宮木野さんが用意してくれているという。
それをあたしとクロエはいつも二人だけで食べた。
宮木野さんは勿論、由香里さんも、見たことはないがクロエが言うには奥の部屋にいるらしい娘さんも一度も食卓に現れることはなかったのだ。
一度、お手伝いをしようと思って、お夕飯のいい香りがしてきたのを見計らって台所に行ったけれど、すでに食卓には料理が並んでいて宮木野さんにも会うことはできなかった。
「ずっとこんなだから」
とはクロエの弁だ。
恵まれているかと思っていたけれど、結構孤食でクロエは寂しかったっぽい。
「大丈夫。こういうの慣れてたから」
そうだった。クロエのおばあちゃんが亡くなってからはアパートで一人暮らしをしていたのだった。
「夏休み終わったら、寮に引っ越して来なよ」
と誘ってみた。
「今から空いてる部屋あるかな」
というので、
「あたしの部屋においでよ」
と言ってみた。
このままクロエとの生活が続けば楽しそうだと思ったからだ。
しかし、クロエはあたしをじっと見て、
「それって……」
と寂しげに言った。
あたしはクロエに見つめられてハッとなった。
クロエをミユウの代わりにしようとしたことに気がついたからだ。
「ごめんね」
クロエとミユウの二人に謝った。
「ううん。気持ちは分かるから。それはそうと、フジミユはあたしがいないときどこ行ってるの? 調査?」
と話題を変えてくれた。クロエはとことん優しかった。
「今日はサキに会いに行ったんだ」
「あの子、元気だった?」
まだ二人は仲直りしていないようだ。
サキに連絡を取ると、直ぐに駅前のヤオマン珈琲で会うことになった。
会って例のハンドジェスチャーをしたとき、最初にピースを合わせるところで気がついた。
これ5人でやると星の形になるんだった。
誰が決めた物でもなかったけれど、ミユウとあたしとサキがいるバスケチームだったから、こんなことを知らず知らずにやったのかも。偶然だろうか?
山椒づくしのスイーツを食べ終わると、サキが、
「拠点一つにしたんだ」
と言った。
「どこに?」
「ホテルじゃないほう」
サキは拠点が二カ所あると言っていた。
「付いていってもいい?」
と聞くと、サキはスマホを覗き込みながら、
「最初からそのつもりで来たんでしょ?」
と言った。
青墓方面のバスに乗って、「二股」というところで降りた。
田んぼの中の道を歩いていると、サキが急に、
「前、クロエとここ歩いたんだ。真夜中だったけど」
と言った。その時のことはクロエに聞いていた。
たしか、ヤオマンに自分を売り込むために利用されたと言っていた。
「どうかしてたよ。友達なのに」
とまるであたしがもうそのことを知っているかのような話しぶりだった。
それから目的地に着くまでのあいだ、顛末を話してくれた。結局伊礼COOにはインターンの話はなしと言われたと言って頭を掻いた。
ただ気になったのは、クロエにしたことは何も感じてなさそうなことだった。自分の将来に向けて「申し訳ながって」いるだけなのだ。
就活はそれこそ死活問題だから、サキがそうなるのも理解は出来る。けれど、こんなにドライに人と付き合うサキとエニシを結び直すとなると、とても不安になった。
ミユウとは真逆だったから。
大きな農家の裏手の小道を入るとサキのもう一つの拠点だった。
平屋の文化住宅で、周りはドクダミが繁茂していて独特の匂いが鼻をついた。
あたしはそこに見覚えがあった。
表札はもう無かったが、青墓で読んだナオコさんの記憶の糸に出てきた家だった。
サキが玄関のドアを開けながら、
「おばさんが住んでた。長いこと引きこもりだったんだ。大人なのに」
と言ったのだった。
あたしもまひるさんに会いたかったけれど、次のスレイヤー・Rの定例までにすることがあったので同行しなかった。
クロエは夕方遅く帰ってきて、
「まひの手作りサンド食べたよ」
とか、
「今日のおやつは、銀座吉岡屋のマリトッツォだった」
とか、
「見てー、これ『ハナヂ』の時のまひの制服貰っちゃったの。アヤネんにセンター譲った曲のだよ」
とか言って楽しそうにしてる。ちょっとうらやましかった。
「アヤネん?」
「まひの妹分の鈴鹿アヤネちゃん。一緒だと思ったらいなかった。でもコトコトには会えた」
コトコトというのは、あたしが会った暗い顔をした妹さんのことだろう。
「ハナヂって、鼻から出るヤツ?」
「そう聞こえるけれど、『恋の花道 血染め旅』だから、花に血ね」
よくわからないけど、そういうことらしい。
「運営のせいで変な略称になったって、まひも苦い顔してたよ」
まひるさんに会ってからというもの体全体で人生楽しんでる感いっぱいのクロエだった。
食事は家政婦の体で調邸に出入りしている宮木野さんが用意してくれているという。
それをあたしとクロエはいつも二人だけで食べた。
宮木野さんは勿論、由香里さんも、見たことはないがクロエが言うには奥の部屋にいるらしい娘さんも一度も食卓に現れることはなかったのだ。
一度、お手伝いをしようと思って、お夕飯のいい香りがしてきたのを見計らって台所に行ったけれど、すでに食卓には料理が並んでいて宮木野さんにも会うことはできなかった。
「ずっとこんなだから」
とはクロエの弁だ。
恵まれているかと思っていたけれど、結構孤食でクロエは寂しかったっぽい。
「大丈夫。こういうの慣れてたから」
そうだった。クロエのおばあちゃんが亡くなってからはアパートで一人暮らしをしていたのだった。
「夏休み終わったら、寮に引っ越して来なよ」
と誘ってみた。
「今から空いてる部屋あるかな」
というので、
「あたしの部屋においでよ」
と言ってみた。
このままクロエとの生活が続けば楽しそうだと思ったからだ。
しかし、クロエはあたしをじっと見て、
「それって……」
と寂しげに言った。
あたしはクロエに見つめられてハッとなった。
クロエをミユウの代わりにしようとしたことに気がついたからだ。
「ごめんね」
クロエとミユウの二人に謝った。
「ううん。気持ちは分かるから。それはそうと、フジミユはあたしがいないときどこ行ってるの? 調査?」
と話題を変えてくれた。クロエはとことん優しかった。
「今日はサキに会いに行ったんだ」
「あの子、元気だった?」
まだ二人は仲直りしていないようだ。
サキに連絡を取ると、直ぐに駅前のヤオマン珈琲で会うことになった。
会って例のハンドジェスチャーをしたとき、最初にピースを合わせるところで気がついた。
これ5人でやると星の形になるんだった。
誰が決めた物でもなかったけれど、ミユウとあたしとサキがいるバスケチームだったから、こんなことを知らず知らずにやったのかも。偶然だろうか?
山椒づくしのスイーツを食べ終わると、サキが、
「拠点一つにしたんだ」
と言った。
「どこに?」
「ホテルじゃないほう」
サキは拠点が二カ所あると言っていた。
「付いていってもいい?」
と聞くと、サキはスマホを覗き込みながら、
「最初からそのつもりで来たんでしょ?」
と言った。
青墓方面のバスに乗って、「二股」というところで降りた。
田んぼの中の道を歩いていると、サキが急に、
「前、クロエとここ歩いたんだ。真夜中だったけど」
と言った。その時のことはクロエに聞いていた。
たしか、ヤオマンに自分を売り込むために利用されたと言っていた。
「どうかしてたよ。友達なのに」
とまるであたしがもうそのことを知っているかのような話しぶりだった。
それから目的地に着くまでのあいだ、顛末を話してくれた。結局伊礼COOにはインターンの話はなしと言われたと言って頭を掻いた。
ただ気になったのは、クロエにしたことは何も感じてなさそうなことだった。自分の将来に向けて「申し訳ながって」いるだけなのだ。
就活はそれこそ死活問題だから、サキがそうなるのも理解は出来る。けれど、こんなにドライに人と付き合うサキとエニシを結び直すとなると、とても不安になった。
ミユウとは真逆だったから。
大きな農家の裏手の小道を入るとサキのもう一つの拠点だった。
平屋の文化住宅で、周りはドクダミが繁茂していて独特の匂いが鼻をついた。
あたしはそこに見覚えがあった。
表札はもう無かったが、青墓で読んだナオコさんの記憶の糸に出てきた家だった。
サキが玄関のドアを開けながら、
「おばさんが住んでた。長いこと引きこもりだったんだ。大人なのに」
と言ったのだった。