「書かれた辻沢 33」
文字数 3,030文字
ユウさんたちと青墓の中を歩き続けて北境のヒイラギ林までやって来た。
ここから流砂が出現して危険だというユウさんは、来慣れているのかその流砂の縁を平気で渡って行く。
屍人のまめぞうさんとさだきちさんも流砂を器用に避けてユウさんの後に付いて行く。
あたしも遅れまいと追いかけるものの、落ちたらと思うと怖くてそうそう簡単には前に進めなかった。
途中でミユウの記憶の糸に出くわした。
どうやら最後の日のもののようだった。
それには、最初ユウさんと二人でひだる様の群れに囲まれて難渋している姿が記憶されていた。
じりじりとひだる様に追い詰められた二人は、やがて一つの穴に降りて行ったようだった。
しかし実際にその場所まで来ると、そこは穴などなく他と変わらない流砂で、記憶の糸もそこに呑み込まれていた。
どういうことか?
その先を読みたかったけれど、ユウさん達を見失いそうになっていたので泣く泣く諦めてその場を後にした。
ようやく流砂帯を抜けると、3人はすでにバス通りを西山地区へ向けて歩き出していた。
あたしは急いで追いつき、ここからはバスで帰るからとユウさんに伝えた。
ユウさんにさっきの穴のことを聞きたかったけど、なんとなくそれが出来なかった。
実は近くにあったユウさんの記憶の糸も一緒に読んでしまって、そこにあったユウさんのミユウへの気持ちに勝手に触れてしまったことが申し訳なかったからだ。
同時に二人の固い絆には、あたしなんか近づくことも許されないと思い知りもした。
ユウさんに連絡先を聞いた。
すると一応直 の方法も教えてくれたけど、ほぼ見ないからと
「まひるのホテルに電話して」
と言って取り次ぎ方法を教えて貰った。
ユウさんに会いたいと思ったら、まずまひるさんの手を煩わさないといけないのか。
あたしにはとんでもなく高いところにある糸口だと思った。
クロエの様子を見るために、駅前のヤオマン・インへ向かう。
「駅まで」
(ゴリゴリーン)
バスは空いていた。
あたしの他には辻沢に買い物しに来たらしいおばあさんとサラリーマン風のおじさんがいるだけだった。
右手に青墓の杜を見ながらバスが走る。
一晩しかいなかったのに何年もあすこで過ごしたような感じがする。
とにかく色々ありすぎたのだ。
母宮木野の墓所を見付けたと思ったら、ユウさんの発現を目撃して、まめぞうさんやさだきちさんと再会したり。
再会か……。
そうだ。あたしはみんなに再会した。
大食人たちだけでなく、母宮木野も娘の宮木野と志野婦の双子も、夕霧も。
みんなとあたしはいつか会ったことがある。そんな気がした。
青墓の停車場近くに人だかりが出来ているのが見えてきて、
〈次は青墓北堺です。ちょっと待て、危ないにも程がある。お降りの方は命の落とし物をしないようお戻りください〉
(ゴリゴリーン)
バスの扉が開くと、ゲームの負傷者がゾロゾロと乗り込んできて直ぐに満員になった。
それを見たおばあさんが拝み手でナンマイダブをずっと唱えている。
どの人も包帯だらけで青白い顔をして生気が無いから、おばあさんには亡霊に見えたのかもしれない。
駅に着いて皆さんのあとから降りると、辺りを行き来する人がバスから現れた集団をナンマイダブのおばあさんと同じ表情で見ていた。
そうやって遠巻きに見られると、自分まで死者の列に加わったような気がして来る。
重い足取りで駅舎に吸い込まれて行く死者の列にさようならをして、ヤオマン・インを目指す。
ロビーに着いて、ソファーがあったので、そこに腰を下ろして記憶の糸をさがしてみる。
すぐにスーツケースを一つ曳いて受付に立っているクロエのものがあった。
一昨晩のクロエのものだろう。
薬指を当てて読んでみると、ざわざわとした不安を抱えメンタル最悪といった状態だった。
その糸の記憶を追うとクロエは鍵を貰ってエレベーターで上がりそのままベッドの上に気絶するように倒れて眠りについていた。
そこで記憶は途切れていた。
次の朝にあたしはクロエに電話を入れている。
その時はきっと虚勢を張っていたのだ。
明るく振る舞い、珍しく向こうから電話を切ったりして。
他の記憶の糸を探すと、出来たばかりのサキのものがあった。
あの若い男の人も一緒でサキの部屋までクロエを運び上げてくれていた。
あたしは糸を追いかける前にクロエの部屋を確認してみることにした。
フロントで聞くと、
「いらっしゃいません」
と言われた。
いつもの個人情報ということかと思ったが、フロント周りに嫌な色の記憶の糸が纏わり付いているのに気がついて、それを読んでみた。
それはあのパジャマの少女のものだった。ぞくっと体が震えた。
それでも耐えて読もうとしたが深くは読み切れない。
ヴァンパイアの記憶の糸が見えるようになったのはサキのおばさんのもので確認できていたのだった。
けれど全てが等しく読み切れるわけではないらしい。
パジャマの少女のものは意図までは読めなかったが、クロエに擬態して荷物を持ち出し部屋をキャンセルして出て行ったのだけは分かった。
これは早急にクロエに会った方がよさそうだ。
あたしはフロントにメモを残しヤオマン・インを立ち去った。
あたしのままでなく、ヤオマンホテル・バイパス店でミユウのふりをして会うことにする。
絶対必要なカレー☆パンマンのパーカーはコテージに置いて来てしまっている。
これはあったほうがいい。そう判断してタクシーを拾ってスーパーヤオマンまで行き、待って貰って買い物をする。
よかった。やっぱりあった。
なんでか辻沢にはカレー☆パンマンに対する根強い人気があって必ずグッズが置いてある。
それを試着して鏡の前に立つと、ミユウが鏡の中から生真面目な顔をして見ていた。
あたしが疲れてソファーで寝落ちした朝に「ちゃんとベッドで寝ないと」と言うときの顔だ。
同時にあたしがやり過ぎることを心配してくれている顔だった。
いつもタオルケットを掛けてくれてありがとう。きっと会いに行くから。
パーカーをレジに通して、待っていたタクシーでヤオマンホテル・大曲店へ向かう。
順調に行ってるつもりだったが、バイパス通りに入る手前で大事なことに気がついてしまった。
部屋のキーだ。たしかミユウの荷物の中にホテルのキーが入っていたはず。
それがないと向こうのフロントで身分証明書とか提示させられたり面倒臭いことになる。
こんなことなら最初からコテージに帰っておけばよかったと思う。
カレー☆パンマンのパーカーはあたしのも一つ欲しかったからいいけど。
運転手さんに大門総合スポーツ公園に回って貰うように頼んだ。
間に合うか。クロエの位置情報を確認する。
クロエを示す点は、まだヤオマン・インにあるけど急がないと。
車窓の外が見渡す限りの田んぼになった。確か今の時期にお米の花が咲くのだった。
「今年は大豊作の年だそうですよ」
外ばかり見ていたら、タクシーの運転手さんが声を掛けてきた。
米の収穫量を気にしているように見えたのだろうか?
「辻沢は何十年周期かで大豊作になるって。それが今年らしいです」
「へー」
興味がなさすぎる返事だったかも。
「ばあさんが昔言ってたんですけどね、鬼子さんたちのおかげだそうです」
あたしたちのおかげ?
「鬼子ですか?」
「私は詳しくは知りませんけど、辻沢には鬼子っていうのがいるんだそうです、昔から」
俄然そのおばあさんにインタビューしたくなってしまった。
「一昨年の暮れ亡くなりました」
残念すぎる。
ここから流砂が出現して危険だというユウさんは、来慣れているのかその流砂の縁を平気で渡って行く。
屍人のまめぞうさんとさだきちさんも流砂を器用に避けてユウさんの後に付いて行く。
あたしも遅れまいと追いかけるものの、落ちたらと思うと怖くてそうそう簡単には前に進めなかった。
途中でミユウの記憶の糸に出くわした。
どうやら最後の日のもののようだった。
それには、最初ユウさんと二人でひだる様の群れに囲まれて難渋している姿が記憶されていた。
じりじりとひだる様に追い詰められた二人は、やがて一つの穴に降りて行ったようだった。
しかし実際にその場所まで来ると、そこは穴などなく他と変わらない流砂で、記憶の糸もそこに呑み込まれていた。
どういうことか?
その先を読みたかったけれど、ユウさん達を見失いそうになっていたので泣く泣く諦めてその場を後にした。
ようやく流砂帯を抜けると、3人はすでにバス通りを西山地区へ向けて歩き出していた。
あたしは急いで追いつき、ここからはバスで帰るからとユウさんに伝えた。
ユウさんにさっきの穴のことを聞きたかったけど、なんとなくそれが出来なかった。
実は近くにあったユウさんの記憶の糸も一緒に読んでしまって、そこにあったユウさんのミユウへの気持ちに勝手に触れてしまったことが申し訳なかったからだ。
同時に二人の固い絆には、あたしなんか近づくことも許されないと思い知りもした。
ユウさんに連絡先を聞いた。
すると一応
「まひるのホテルに電話して」
と言って取り次ぎ方法を教えて貰った。
ユウさんに会いたいと思ったら、まずまひるさんの手を煩わさないといけないのか。
あたしにはとんでもなく高いところにある糸口だと思った。
クロエの様子を見るために、駅前のヤオマン・インへ向かう。
「駅まで」
(ゴリゴリーン)
バスは空いていた。
あたしの他には辻沢に買い物しに来たらしいおばあさんとサラリーマン風のおじさんがいるだけだった。
右手に青墓の杜を見ながらバスが走る。
一晩しかいなかったのに何年もあすこで過ごしたような感じがする。
とにかく色々ありすぎたのだ。
母宮木野の墓所を見付けたと思ったら、ユウさんの発現を目撃して、まめぞうさんやさだきちさんと再会したり。
再会か……。
そうだ。あたしはみんなに再会した。
大食人たちだけでなく、母宮木野も娘の宮木野と志野婦の双子も、夕霧も。
みんなとあたしはいつか会ったことがある。そんな気がした。
青墓の停車場近くに人だかりが出来ているのが見えてきて、
〈次は青墓北堺です。ちょっと待て、危ないにも程がある。お降りの方は命の落とし物をしないようお戻りください〉
(ゴリゴリーン)
バスの扉が開くと、ゲームの負傷者がゾロゾロと乗り込んできて直ぐに満員になった。
それを見たおばあさんが拝み手でナンマイダブをずっと唱えている。
どの人も包帯だらけで青白い顔をして生気が無いから、おばあさんには亡霊に見えたのかもしれない。
駅に着いて皆さんのあとから降りると、辺りを行き来する人がバスから現れた集団をナンマイダブのおばあさんと同じ表情で見ていた。
そうやって遠巻きに見られると、自分まで死者の列に加わったような気がして来る。
重い足取りで駅舎に吸い込まれて行く死者の列にさようならをして、ヤオマン・インを目指す。
ロビーに着いて、ソファーがあったので、そこに腰を下ろして記憶の糸をさがしてみる。
すぐにスーツケースを一つ曳いて受付に立っているクロエのものがあった。
一昨晩のクロエのものだろう。
薬指を当てて読んでみると、ざわざわとした不安を抱えメンタル最悪といった状態だった。
その糸の記憶を追うとクロエは鍵を貰ってエレベーターで上がりそのままベッドの上に気絶するように倒れて眠りについていた。
そこで記憶は途切れていた。
次の朝にあたしはクロエに電話を入れている。
その時はきっと虚勢を張っていたのだ。
明るく振る舞い、珍しく向こうから電話を切ったりして。
他の記憶の糸を探すと、出来たばかりのサキのものがあった。
あの若い男の人も一緒でサキの部屋までクロエを運び上げてくれていた。
あたしは糸を追いかける前にクロエの部屋を確認してみることにした。
フロントで聞くと、
「いらっしゃいません」
と言われた。
いつもの個人情報ということかと思ったが、フロント周りに嫌な色の記憶の糸が纏わり付いているのに気がついて、それを読んでみた。
それはあのパジャマの少女のものだった。ぞくっと体が震えた。
それでも耐えて読もうとしたが深くは読み切れない。
ヴァンパイアの記憶の糸が見えるようになったのはサキのおばさんのもので確認できていたのだった。
けれど全てが等しく読み切れるわけではないらしい。
パジャマの少女のものは意図までは読めなかったが、クロエに擬態して荷物を持ち出し部屋をキャンセルして出て行ったのだけは分かった。
これは早急にクロエに会った方がよさそうだ。
あたしはフロントにメモを残しヤオマン・インを立ち去った。
あたしのままでなく、ヤオマンホテル・バイパス店でミユウのふりをして会うことにする。
絶対必要なカレー☆パンマンのパーカーはコテージに置いて来てしまっている。
これはあったほうがいい。そう判断してタクシーを拾ってスーパーヤオマンまで行き、待って貰って買い物をする。
よかった。やっぱりあった。
なんでか辻沢にはカレー☆パンマンに対する根強い人気があって必ずグッズが置いてある。
それを試着して鏡の前に立つと、ミユウが鏡の中から生真面目な顔をして見ていた。
あたしが疲れてソファーで寝落ちした朝に「ちゃんとベッドで寝ないと」と言うときの顔だ。
同時にあたしがやり過ぎることを心配してくれている顔だった。
いつもタオルケットを掛けてくれてありがとう。きっと会いに行くから。
パーカーをレジに通して、待っていたタクシーでヤオマンホテル・大曲店へ向かう。
順調に行ってるつもりだったが、バイパス通りに入る手前で大事なことに気がついてしまった。
部屋のキーだ。たしかミユウの荷物の中にホテルのキーが入っていたはず。
それがないと向こうのフロントで身分証明書とか提示させられたり面倒臭いことになる。
こんなことなら最初からコテージに帰っておけばよかったと思う。
カレー☆パンマンのパーカーはあたしのも一つ欲しかったからいいけど。
運転手さんに大門総合スポーツ公園に回って貰うように頼んだ。
間に合うか。クロエの位置情報を確認する。
クロエを示す点は、まだヤオマン・インにあるけど急がないと。
車窓の外が見渡す限りの田んぼになった。確か今の時期にお米の花が咲くのだった。
「今年は大豊作の年だそうですよ」
外ばかり見ていたら、タクシーの運転手さんが声を掛けてきた。
米の収穫量を気にしているように見えたのだろうか?
「辻沢は何十年周期かで大豊作になるって。それが今年らしいです」
「へー」
興味がなさすぎる返事だったかも。
「ばあさんが昔言ってたんですけどね、鬼子さんたちのおかげだそうです」
あたしたちのおかげ?
「鬼子ですか?」
「私は詳しくは知りませんけど、辻沢には鬼子っていうのがいるんだそうです、昔から」
俄然そのおばあさんにインタビューしたくなってしまった。
「一昨年の暮れ亡くなりました」
残念すぎる。