「辻沢ノーツ 41」

文字数 1,498文字

 目覚めると、床の絨毯の目地が家具の下まで続いていて、そこに薄っすらと砂が浮いているのが見えた。

家具の下にだれかの足首が見えてる。

頭を上げて見回すと、そこはヤオマン・インの部屋のようだった。

ベッドに腰掛けてTVを観ているのは別の人で、ユウの姿は見当たらなかった。

「サキ?」

「気がついた?」

あたしは両手をついて上体を起こし、すぐ側の壁にもたれかかった。

二日酔いみたいに頭がガンガンする。

「どうして」

「ウチが連れ帰った。救護センターに転がってたんで」

「リュックは? 調査道具入ってたの。スマホとかお財布も」

「知らない。しかし、ノタが青墓にいるとはね」

「サキはどうして?」

「ウチのフィールドだから。『スレイヤー・R』を観察する。言ったしでょ、オーディエンス・エスノって」

「そうだったんだ」

「何度も死にそうになったけどね」

以前ならその言葉を大げさだと思ったろう。

あたしたちは必死で戦ってあの猛攻に耐えたけれど、多分あれは奇跡や僥倖以外の何ものでもない。

一つ間違えたらここが死体安置所であっても可怪しくなかった。

「サキはずっと一人で参加してたの?」

「いや、知り合いと」

「誰と?」

「教えない」

まただ。サキはTVのほうに向きなおって興味なさそうに画面を観てる。

とりあえず、あたしとこれ以上会話はしないつもりらしい。

「ミヤミユは元気?」

サキがこっちに向きなおった。

「それはウチが聞きたい」

あれ以来、ミヤミユとは連絡が取れずにいる。

あたしは二人にハブられたと思ってた。

「何を?」

「とぼけないでくれる? ひさごで飲んでウチがミユウと別れてから、音信不通」

「ウソ」

「なーにが。最後に一緒にいたのあんたじゃん。雄蛇ヶ池にミユウ連れ出して何した」

「雄蛇ヶ池? 何? 何言ってるの?」

「これだよ。証拠があるんですけど」

サキはベッドからこっちに近づいて来て、サキのスマホをあたしに渡した。

手にとって見るとフォトアプリが表示されていて、黄色いパーカー姿のミヤミユと白いパーカー姿のあたしとが水辺を歩いている写真がいくつも並んでいた。

望遠で撮られたらしいその写真は、バス通りから池の端の砂利道を歩く2人の姿を追いかけたものだった。

サキはタイムスタンプを表示させてあたしに見せた。

それはあの日の翌朝になっていた。

でも、あたしは雄蛇ヶ池なんて行ったこともない。

「あたしは知らない。あたしは何もしてない」

「お、動揺したな。やっぱりナンカしたんだ」

「してないって。これはあたしじゃない」

「はあ? どう見てもあんたしょ。この恨みがましそうないじけた目、あんたじゃん」

たしかに着ているものも髪型もあたしだけど、でもこれは違う。

そうだ、これはユウなんじゃ。

どうしてミヤミユと歩いているかは分からないけど、これはきっとユウだ。

「ちがう、いるの。あたしにそっくりな子が。サキ、青墓にいたんでしょ? あたしの側にいなかった? あたしにそっくりな子が」

「知らないね。あんただけだった」

「なら、寸劇さん。砂漠の友だち旅団のマホメット3世さんとか、サダムさんやサーリフくんが。その人達ならその子の事知ってる。一緒に戦ったから」

「アラブ人のパーティーなんて見たことないね」

「じゃなくてね、その人達日本人なの、ホントは。名前だけアラブっぽくて。だから友だち旅団なのかも。あー、そういうことでなくって、救護センターに行くって言ってて、凄い怪我してたけど、あたしを連れて行ってくれたはず」

サキはあたしの顔を疑わしげに見ていたが、思い当たるフシもあったらしく、

「そんなに言うなら調べてやるよ。ウソなら承知しない」

サキは窓際のテーブルに行ってモバイルパソコンを開いた。
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