「書かれた辻沢 124」

文字数 1,676文字

  さっそくミユウの周りに集まってピースサインで五芒星を作ることになった。

「ミヤミユのおへその上で」

  とクロエが一番最初に掌を差し出した。

すると、ミユウがさっきのように体を捩ってそれをよけようとする。

「嫌みたい」

  一旦手をひっこめてユウさんの顔を見る。

「じゃあ、体の下は? 血を清めるんだから」

  と今度はユウさんがミユウの体の下に手を差し入れると、また体を捩っていやいやをした。

「上から何か降り注ぐのかも」

  とアレクセイが言った。天のイカヅチ的なやつ?

みんなで空を見上げた。満天の星があたしたちを見守っているような気がした。

「そしたらミヤミユの体に穴があいちゃうよ」

  クロエが言った。

「少し離れてやってみては?」

  まひるさんの提案で、ミユウから少し離れた場所に移動して五芒星を作ることにした。

「まずは血を水にしてからミユウを清めればいいし」

  とユウさんが段取りを確認するように言う。

「どうせなら真ん中でしようよ」

  クロエの提案はもっともな感じがした。

 ユウさん、まひるさん、クロエ、アレクセイ、それとあたしの5人は血の池の沖に泳ぎ出した。

「ここらへんでいいだろう」

  血の池の中心くらいのところまで来てユウさんが言った。

「円陣になりましょう」

  というまひるさんの言葉で血の池の中で輪を作る。

「せーので作るよ」

  ユウさんが言った。

「「「「はい」」」」

  何が起こるかなんてどうでもいい気がした。

ユウさんの顔。
 
まひるさんの顔。

クロエの顔。

アレクセイの顔。

こうしてみんなの顔をちゃんと見るのは初めてのような気がした。

何度も何度もダメだと思ったけれど、みんなと一緒だったから乗り越えられた。
 
何が起こってもこの5人ならばきっとなんとかなる。

晴れ晴れとして気分だった。

「せーの」

  あたしは天を仰いでピースサインを差し出した。

紺青の空に瞬く星が震え出し、やがてそれが一点に集まって巨大な純白の光が輝いて。
   
……ならないな。全然変化なし。

「ミユキ、何してる? 行くぞ」

  ユウさんの声がした。

「え?」

  見ると、他の4人がミユウのほうに泳ぎ出していた。

血膿の浄化は? 天のイカヅチは?
 
あたしは自分の周りを見回した。
 
驚いた。
 
すでにそこはアクアマリンに輝く水面だった。

水の中に差し込む光でキラキラと輝きどこまでも透明だった。

いつの間にか血の池地獄は、癒しの泉に変わってしまっていたのだ。

「一瞬だったね」

  クロエが笑顔で言った。

「ちょっと簡単すぎなんじゃ?」

  あたしはもっと劇的な変化を想像していた。

というのは、この血の池地獄は呪いのように世代を超えてあたしたちを責め苛んできたからだ。

いわれのない罪を着せられ挙句は不浄などと蔑すまれてきた。

それは現代に残る世迷言の元となっている。

だからこそ、天から光が降り注ぎ、大爆発を起こして血の池が割れ、大地に血汚泥が吸い込まれた後、そこから清らかな聖水が滾々と湧き出て満ち溢れ湖ができる、くらいの変化を期待した。

それがあたしがちょっと目を離した隙に浄化されるなんて。

  あたしが不服そうな顔していたからだろう、ユウさんが、

「ミユキ、この池に名前を付けてくれ」

 と言った。

「新しい池なので新しい名前が必要です」

 まひるさんが言った。

血の池地獄、けちんぼ池、血盆池。どれもネガティブな名前ばかりだった。

「浄盆池ではどうですか?」

 清める池なので。盆の意味はスルー。

「なんかお坊さんぽい。レッド・オーシャンみたいなのがいい」

 クロエが言った。

「なら、ブルー・ポンドで」

 急に言われてもすぐなんて無理。

「いいね。それでいこう。ここは今からブルー・ポンドだ」

 通ってしまった。いいのか? ホントに。

 みんなのところに泳ぎつくと、まひるさんが、

「どんなことでも、変えようと願えば案外簡単なのです。肝心なのはそれに囚われてしまわないことです」

 と耳打ちしてくれたのだった。

すべてはホラ話。

ユウさんはそう言っていた。

ホラ話をひっくり返すなんて一瞬で十分だったのだ。
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