「書かれた辻沢 121」
文字数 1,854文字
「手分けして探そう。ただし離れすぎないように」
ユウさんの指示で全員が方々に散って探すことになった。声が聞こえる距離を保ってミユウを探す。
「ミユウ! 迎えに来たぞ」
「ミユウ様、どこにいらっしゃいますか?」
「ミヤミユ、出ておいで。怖くないからね」
「出てこい。少しは僕の言うことを聞けないか?」
みんなのミユウを喚ぶ声を聞きながら探し続けていると、髪の毛が逆立つ感じが強くなってきた。それに誘われてさらに歩いて行くと、ついに岩壁に突き当たった。
その岩壁を見上げるとこちらに覆い被さっていて、上の方は暗闇の中に消えていた。
ここが小山の中だと考えると、この空間はドームになっていそうだった。
「突き当たりました」
そう叫ぶと、ユウさんの声で、
「こっちもだ」
続けて、他のみんなも同じように壁に行き当たったことを報告した。
すると突然、
「わー!」
と誰かの叫ぶ声がしたかと思うと、続いて水が跳ねる音がした。
「どうした?!」
とユウさんの声が響く。
「水に落ちた。いや、これは水じゃない。血だ。血の池だ!」
アレクセイだった。その声は遠いのか近いのかわからない所から響いてくる。
「今行く」
ユウさんがすかさず反応した。
あたしも声がしたほうに向かう。
「けちんぼ池が見つかったみたいだね」
クロエだった。声がうわずっていた。
その気持ちはよく分かった。
ユウさんとまひるさんが並んで壁の前に立っている所まで来た。
「どこにも池なんてないぞ」
その周辺は壁がある以外は他の場所と変わらずぬかるんだ平地で水辺などなかった。
地面を見ると、アレクセイのものとおぼしい足跡が残っていた。
「落とし穴に嵌まったのでしょうか?」
とまひるさんが言った。
「壁にしかけでもある?」
と言ってクロエが壁に触れると、
「あっ!」
その場から姿が消えた。そしてすぐどこかからともなく水が跳ねる音がした。
「クロエが上に落ちた」
ユウさんの言い方はおかしかったが、今のクロエにはぴったりだった。
「クロエ様が壁に触れたら飛び上がりました」
あたしは母宮木野の墓所を思い出した。あそこは天井に血溜まりが出来ていた。
「けちんぼ池はこの天井にあるのでは?」
ここにいる3人全員が見上げたが、そこには光がとどかず何も見えなかった。
「そういうことか」
と言うなりユウさんはクロエに倣って壁に触れ、一瞬で消えた。
続いてどこかから水の音。
「あたしたちも行きましょう」
まひるさんとあたしは同時に壁に触れた。
最初に上に引っ張られる感覚があって、すぐにすっと体が浮いたかと思うと、岩壁をウォータースライダーのように滑って、あっという間に頭から水中にダイブしていた。
必死にもがいて水面に顔を出すと、目も開けられず、口の中は血だらけ、鼻からだらだらと血が流れ、喉が詰まって呼吸もしにくかった。
夢中で顔に垂れてくる血汚泥を拭っていると、
「フジミユ、見てごらんよ」
クロエの声がした。
目を開けると、クロエが目をまん丸くしてあたしの背後を見ていた。
あたしは振り返って驚いた。
そこには想像と全く違う、静謐が支配する世界が広がっていたからだ。
この池の水面は血の色に染まって真っ赤だったが、周囲は紺青の針葉樹森だった。
さらにその梢の上の空は深い青で、満天に銀色の星が輝いていて、あたしたちはこれまでとまったく違う次元に来たようだった。
みんなが息をのんでその景色を見つめている。
「ボクたちは今、けちんぼ池にいる」
ユウさんが言った。
「はい」
それに答えるまひるさんの声が震えていた。
ユウさんとまひるさんが探し始めたけちんぼ池。
ミヤミユも、クロエも、きっとアレクセイも、もちろんあたしもずっと探していた場所。なかなか姿を現さなかったけちんぼ池。
あたしたちは今、そこにいる。
そのとき、空からするすると赤い糸が垂れてきた。しかもみんなの目の前に5本。
「引っ張ってみよう」
みんなでそれを手に取り引き寄せることにした。
手応えがあった。引くたびに何かが下に引き寄せられる感覚がある。
その何かの形が段々見分けられるようになってきた。
それは大の字になった人の形をしていた。
赤い糸は、その人の両手首、両足首、そして首に一本ずつつながっていた。
首の糸はユウさんが持っていた。両手首のはあたしとクロエがが持っていた。両足首のはまひるさんとアレクセイが持っていた。
いよいよその人の顔がはっきりと見えてきた。
その顔は土気色の肌で金色の眼をして口から四本の銀牙が突き出ていた。
それは屍人のままのミユウだったのだ。
ユウさんの指示で全員が方々に散って探すことになった。声が聞こえる距離を保ってミユウを探す。
「ミユウ! 迎えに来たぞ」
「ミユウ様、どこにいらっしゃいますか?」
「ミヤミユ、出ておいで。怖くないからね」
「出てこい。少しは僕の言うことを聞けないか?」
みんなのミユウを喚ぶ声を聞きながら探し続けていると、髪の毛が逆立つ感じが強くなってきた。それに誘われてさらに歩いて行くと、ついに岩壁に突き当たった。
その岩壁を見上げるとこちらに覆い被さっていて、上の方は暗闇の中に消えていた。
ここが小山の中だと考えると、この空間はドームになっていそうだった。
「突き当たりました」
そう叫ぶと、ユウさんの声で、
「こっちもだ」
続けて、他のみんなも同じように壁に行き当たったことを報告した。
すると突然、
「わー!」
と誰かの叫ぶ声がしたかと思うと、続いて水が跳ねる音がした。
「どうした?!」
とユウさんの声が響く。
「水に落ちた。いや、これは水じゃない。血だ。血の池だ!」
アレクセイだった。その声は遠いのか近いのかわからない所から響いてくる。
「今行く」
ユウさんがすかさず反応した。
あたしも声がしたほうに向かう。
「けちんぼ池が見つかったみたいだね」
クロエだった。声がうわずっていた。
その気持ちはよく分かった。
ユウさんとまひるさんが並んで壁の前に立っている所まで来た。
「どこにも池なんてないぞ」
その周辺は壁がある以外は他の場所と変わらずぬかるんだ平地で水辺などなかった。
地面を見ると、アレクセイのものとおぼしい足跡が残っていた。
「落とし穴に嵌まったのでしょうか?」
とまひるさんが言った。
「壁にしかけでもある?」
と言ってクロエが壁に触れると、
「あっ!」
その場から姿が消えた。そしてすぐどこかからともなく水が跳ねる音がした。
「クロエが上に落ちた」
ユウさんの言い方はおかしかったが、今のクロエにはぴったりだった。
「クロエ様が壁に触れたら飛び上がりました」
あたしは母宮木野の墓所を思い出した。あそこは天井に血溜まりが出来ていた。
「けちんぼ池はこの天井にあるのでは?」
ここにいる3人全員が見上げたが、そこには光がとどかず何も見えなかった。
「そういうことか」
と言うなりユウさんはクロエに倣って壁に触れ、一瞬で消えた。
続いてどこかから水の音。
「あたしたちも行きましょう」
まひるさんとあたしは同時に壁に触れた。
最初に上に引っ張られる感覚があって、すぐにすっと体が浮いたかと思うと、岩壁をウォータースライダーのように滑って、あっという間に頭から水中にダイブしていた。
必死にもがいて水面に顔を出すと、目も開けられず、口の中は血だらけ、鼻からだらだらと血が流れ、喉が詰まって呼吸もしにくかった。
夢中で顔に垂れてくる血汚泥を拭っていると、
「フジミユ、見てごらんよ」
クロエの声がした。
目を開けると、クロエが目をまん丸くしてあたしの背後を見ていた。
あたしは振り返って驚いた。
そこには想像と全く違う、静謐が支配する世界が広がっていたからだ。
この池の水面は血の色に染まって真っ赤だったが、周囲は紺青の針葉樹森だった。
さらにその梢の上の空は深い青で、満天に銀色の星が輝いていて、あたしたちはこれまでとまったく違う次元に来たようだった。
みんなが息をのんでその景色を見つめている。
「ボクたちは今、けちんぼ池にいる」
ユウさんが言った。
「はい」
それに答えるまひるさんの声が震えていた。
ユウさんとまひるさんが探し始めたけちんぼ池。
ミヤミユも、クロエも、きっとアレクセイも、もちろんあたしもずっと探していた場所。なかなか姿を現さなかったけちんぼ池。
あたしたちは今、そこにいる。
そのとき、空からするすると赤い糸が垂れてきた。しかもみんなの目の前に5本。
「引っ張ってみよう」
みんなでそれを手に取り引き寄せることにした。
手応えがあった。引くたびに何かが下に引き寄せられる感覚がある。
その何かの形が段々見分けられるようになってきた。
それは大の字になった人の形をしていた。
赤い糸は、その人の両手首、両足首、そして首に一本ずつつながっていた。
首の糸はユウさんが持っていた。両手首のはあたしとクロエがが持っていた。両足首のはまひるさんとアレクセイが持っていた。
いよいよその人の顔がはっきりと見えてきた。
その顔は土気色の肌で金色の眼をして口から四本の銀牙が突き出ていた。
それは屍人のままのミユウだったのだ。