「書かれた辻沢 115」

文字数 1,782文字

 周囲にいたひだるさまが一斉に襲ってきた。ユウさんもまひるさんも、アレクセイも全力で戦っていた。

 それをクロエとあたしは後方で見ていたが、クロエが、

「あたしも戦う」

 と言って手を強く握って来た。あたしは同じだけ強く握り返して、 

「わかった」

 と答え、クロエを自由にするため恐れや不安といった負の感情を解き放つ。

簡単なことだった。クロエを信頼すればいいだけだった。

「やってくる!」

 クロエはそう言うと、まひるさんに攻め寄せたひだるさまに爆速で飛び掛かって行った。

クロエは見る見るうちに発現して、あたりのひだるさまをけちょんけちょんにして回った。

後方であたしが一人になったと気づいたユウさんが、陣形を変えてくれたおかげで、あたしは繭に包まれたように安全だった。

 クロエを解放してから、みんなの感情がエニシの糸を循環するようになった。

ユウさんも、まひるさんも、アレクセイも、クロエも、その気持ちが手に取るように分かった。

 ひだるさまとの闘いを誰一人恐れてはいなかった。

真正面から向き合って一歩もひかない覚悟をしていた。

そして、ひだるさまを滅殺するごとに全身が震え愉悦を感じてもいた。

それは残虐な心理を反映しているのではない。

むしろ逆で、倒したひだるさまの想いを引き受けて喜んでいるのだった。

その気持ちはあたしにもよくわかった。

もし逆の立場だったとしても倒したひだるさまに希望を託すに違いないからだ。

 青墓にいるのは時代と次元が異なるすべてのあたしたちだ。

その中から誰が勝ち残ったとしても、それはあたしたちに違いはないのだから。

ここは人生の選択の場そのものなのだ。

鞠野先生の言葉を思い出す。

「人生は最適解の上になりたっている」

 どんなに辛い選択だろうと、最悪な事態だろうと、死にたくなるような結果だろうと、その人はそれを選ばざるを得なかったのだ。

ならば、それはその時その人が選んだ「最適解」だったはず。

そう鞠野先生が説明してくれた。

「間違った人生なんてない。胸を張って生きればいいんだよ」

鞠野先生どうしてるかな。

 あたりのひだるさまを一掃してみんなが戻ってきた。

クロエは行った時と同様に爆速で戻ってくるとあたしの手を握りしめた。

「やばいやばい。リミット超えそうだった」

 それがどういうことかはあたしには分からなかったけれど、みるみる元の姿にみどってゆくクロエを見て、もうあたしがいなくても十分やっていけそうに思えた。

「まひの制服ビリビリ」

 そう言って、自分の着ているものを残念そうに見回しているので、あたしの上着を脱いで着させてあげた。

「フジミユ、左手どうしたの?」

 とクロエが上着を脱いだあたしを見て言った。何を言われたか分からずにいると、ユウさんが、

「ミユキ。やられたのか?」

 と言った。

 あたしはずっとみんなの真ん中でぬくぬくしていたから、ひだるさまの攻撃を一度も受けていない。

左手を見てみた。肘から先がなくなっていた。いや、あるにはあるのだが薄ぼやけて透明になっていた。

「どうしたんでしょう?」

 自分の腕なのに不思議なものを見たような感じだった。

クロエがその左手に触れた。感覚はあった。視覚的に何かが起こっているだけのようだった。

「大丈夫。すぐによくなるよ」

 まひるさんのように3日で治るかもしれない。

そのまひるさんは心配そうにあたしを見ていた。

 あたしは話題を変えようと記憶の糸を探すことにした。

ちょどよいことにすぐそばにミユウの記憶の糸が伸びていた。

それは、さっき触れたものよりも少しだけ太くはっきりとしていた。

あたしは、みんなの心のざわざわから逃れるように、ミユウの記憶の糸に触れてみた。
 
 情景は一気にミユウとあたしだけの世界に変わった。

ミユウは、さっきとは打って変わって笑顔で道の先に立っていた。

あたしに気づくと手を振って来た。

手を振り返そうとしたけれど、その手が挙がらなかった。

しかたないからそばまで行こうとしたしたら、やっぱり動けなかった。

足元を見たが屍人のミユウの手は足首をつかんでいなかった。

今度は藪の中から土気色の手が伸びてきていて、あたしの左手首をつかんでいた。

 自力で記憶の糸から離脱した。

みんながあたしに注目していた。

嫌な感じがした。

恐る恐る足首を見てみた。足首から先が透明になっていた。

あたしの左の足首はさっきからすでに透明だったのだ。

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