「書かれた辻沢 59」
文字数 1,963文字
出がけに迷ったけれど、突然あたしが現れたらクロエが混乱するかもしれないので、ミユウのカレー☆パンマンのパーカーを着て出掛けることにする。
きっともうすぐこれも着納めになるだろう。
田んぼの一本道をバモスくんがいつものマイペースで走って行く。
それを迷惑そうに追い抜いて行く車からは相変わらず過剰な愛が降り注がれる。
「氏ね!」
は聞き過ぎてもうなんとも思わなくなった。
「寒くないんすかー?」
コアラのお面のフロントと四角い枠にタイヤだけの車体。棒でしかないフレーム。ホロを付ける気のない同乗者。
夕暮れ間近い吹きさらしの道の上。晩夏とはいえ寒いのだった。
バイパス前の交差点で前方から来たバスがバイパス方面に左折して行った。
それを見て鞠野先生が言った。
「ノタくんはあのバスに乗ってるみたいだね」
あたしたちは、クロエが一旦駅に出てバスに乗ったらしいのを位置情報で確認していた。
青墓に行くのかと思ったらこちらに近づいていたから、行き違いになることも含んでここまで来ていたのだ。
バモスくんもそのバスの後を追う。
「あまり近づくとバレてしまうからー!」
と鞠野先生は聞いてもいないのに言い訳をする。
風が渺々と吹きすさんでいるので大声でないと言葉が聞き取りにくい。
バスはバイパスに入って直ぐは目の前を走っていたが、今はかなり先の方に行ってしまっている。
一度バス停に止まったのでギリギリ見失わずに済む距離だけれど、これから先はもう大曲交差点までバス停はない。
ぶっちぎられるの必定なのだった。バスにぶっちぎられるってよほどのことだ。
「きっと、コミヤくんに会いに行ったんだよー!」
と鞠野先生。わざわざ駅に出て汽車に乗らずにバスを選んだのはN市に行くためではないだろう。
クロエも昨晩の動画を見たら、その説明を誰かに聞きたくなるはずだ。
そして今クロエが辻沢で頼れるのは、あたしが扮装したミユウ以外にいないだろう。
結局、クロエはあたしに会いに行ったのだ。
なんか面倒なことをさせてしまったけれども、これもみなあたしの判断が招いたことで、そこはクロエに申し訳なかった。
ただ、最初からあたしが辻沢にいて、ミユウのこともクロエに正直に伝えることはできなかった。
クロエがまだ鬼子を自覚していなかったからだ。
鞠野先生に聞いてみる。
「先生はなんでクロエを辻沢に来させたんですかー?」
そもそもクロエに辻沢を勧めたのは、鞠野先生だった。
レポートの段階で辻沢に興味が沸くように資料を渡しもしていた。
「やっぱりエニシだったと思うよー」
落とし所としては完璧な答えなのだけれども、あたしが聞きたいのそういうことではなかった。
鞠野先生の横顔を見る。
先生、まだあたしたちに言ってないことがあるんじゃないですか?
位置情報を見てみると、赤い点が急に近づいた感じがした。
バスを降りて徒歩になったせいだろう。
「大曲交差点で降車したみたいです」
赤い点は大曲交差点で一旦消えてバイパスの反対側に現れた。
ホテルに向かっているようだった。
こういう時のためにあの部屋をチェックアウトしなかったのだけれど、荷物はコテージに移動してしまっている。
クロエを待っているのは生活感のない空っぽの部屋だ。
来ることを先に言っておいてくれればそれらしく準備できたのにと思うけれど、それはクロエには関係ないことだった。
それにしてもクロエはどうしてミユウのスマフォに今日行くことを知らせて来なかったのだろう。
昨晩は昨晩で、あたしの飲みの誘いを断ったと思ったら一人で夜通し迷走して結局コテージに現れたり。
右手の薬指を見てみる。
その先に微かにクロエの姿が感じ取れた。
何か聞こえるかと思ったけれどはそこまでは分からなかった。
ユウさんは、鬼子が自覚してエニシの糸が見えるようになると言っていた。
それはミユウとユウさんがお互いに赤い糸を見ていたように、クロエもあたしが見えたということ。
もしかしたらクロエは、ミユウの部屋でミユウでなく、このあたしを待っているんじゃないだろうか。
そうだとしたら、その時あたしは何と言ってあげればいいのだろう。
「初めまして。ミユウ改め、あなたの半身のフジノミユキです」
どうしてあたしはカレー☆パンマンのパーカーを着て来てしまったのだろうか。
もうクロエの前であたしを偽る必要なんてなかったはずなのに。
ヤオマンホテル大曲店に付いてバモスくんをスロープに入れる。
外からフロント周りを見たがクロエの姿はなかった。
バモスくんを駐車スペースに移動させていると、
「あそこに」
鞠野先生が指した外階段に白い服が見えた。
9階まである階段を一散に昇るクロエだった。
エレベーター使えばいいのに何でわざわざ。
あたしはバモスくんを降りると、クロエを追いかけて外階段を昇り始めたのだった。
きっともうすぐこれも着納めになるだろう。
田んぼの一本道をバモスくんがいつものマイペースで走って行く。
それを迷惑そうに追い抜いて行く車からは相変わらず過剰な愛が降り注がれる。
「氏ね!」
は聞き過ぎてもうなんとも思わなくなった。
「寒くないんすかー?」
コアラのお面のフロントと四角い枠にタイヤだけの車体。棒でしかないフレーム。ホロを付ける気のない同乗者。
夕暮れ間近い吹きさらしの道の上。晩夏とはいえ寒いのだった。
バイパス前の交差点で前方から来たバスがバイパス方面に左折して行った。
それを見て鞠野先生が言った。
「ノタくんはあのバスに乗ってるみたいだね」
あたしたちは、クロエが一旦駅に出てバスに乗ったらしいのを位置情報で確認していた。
青墓に行くのかと思ったらこちらに近づいていたから、行き違いになることも含んでここまで来ていたのだ。
バモスくんもそのバスの後を追う。
「あまり近づくとバレてしまうからー!」
と鞠野先生は聞いてもいないのに言い訳をする。
風が渺々と吹きすさんでいるので大声でないと言葉が聞き取りにくい。
バスはバイパスに入って直ぐは目の前を走っていたが、今はかなり先の方に行ってしまっている。
一度バス停に止まったのでギリギリ見失わずに済む距離だけれど、これから先はもう大曲交差点までバス停はない。
ぶっちぎられるの必定なのだった。バスにぶっちぎられるってよほどのことだ。
「きっと、コミヤくんに会いに行ったんだよー!」
と鞠野先生。わざわざ駅に出て汽車に乗らずにバスを選んだのはN市に行くためではないだろう。
クロエも昨晩の動画を見たら、その説明を誰かに聞きたくなるはずだ。
そして今クロエが辻沢で頼れるのは、あたしが扮装したミユウ以外にいないだろう。
結局、クロエはあたしに会いに行ったのだ。
なんか面倒なことをさせてしまったけれども、これもみなあたしの判断が招いたことで、そこはクロエに申し訳なかった。
ただ、最初からあたしが辻沢にいて、ミユウのこともクロエに正直に伝えることはできなかった。
クロエがまだ鬼子を自覚していなかったからだ。
鞠野先生に聞いてみる。
「先生はなんでクロエを辻沢に来させたんですかー?」
そもそもクロエに辻沢を勧めたのは、鞠野先生だった。
レポートの段階で辻沢に興味が沸くように資料を渡しもしていた。
「やっぱりエニシだったと思うよー」
落とし所としては完璧な答えなのだけれども、あたしが聞きたいのそういうことではなかった。
鞠野先生の横顔を見る。
先生、まだあたしたちに言ってないことがあるんじゃないですか?
位置情報を見てみると、赤い点が急に近づいた感じがした。
バスを降りて徒歩になったせいだろう。
「大曲交差点で降車したみたいです」
赤い点は大曲交差点で一旦消えてバイパスの反対側に現れた。
ホテルに向かっているようだった。
こういう時のためにあの部屋をチェックアウトしなかったのだけれど、荷物はコテージに移動してしまっている。
クロエを待っているのは生活感のない空っぽの部屋だ。
来ることを先に言っておいてくれればそれらしく準備できたのにと思うけれど、それはクロエには関係ないことだった。
それにしてもクロエはどうしてミユウのスマフォに今日行くことを知らせて来なかったのだろう。
昨晩は昨晩で、あたしの飲みの誘いを断ったと思ったら一人で夜通し迷走して結局コテージに現れたり。
右手の薬指を見てみる。
その先に微かにクロエの姿が感じ取れた。
何か聞こえるかと思ったけれどはそこまでは分からなかった。
ユウさんは、鬼子が自覚してエニシの糸が見えるようになると言っていた。
それはミユウとユウさんがお互いに赤い糸を見ていたように、クロエもあたしが見えたということ。
もしかしたらクロエは、ミユウの部屋でミユウでなく、このあたしを待っているんじゃないだろうか。
そうだとしたら、その時あたしは何と言ってあげればいいのだろう。
「初めまして。ミユウ改め、あなたの半身のフジノミユキです」
どうしてあたしはカレー☆パンマンのパーカーを着て来てしまったのだろうか。
もうクロエの前であたしを偽る必要なんてなかったはずなのに。
ヤオマンホテル大曲店に付いてバモスくんをスロープに入れる。
外からフロント周りを見たがクロエの姿はなかった。
バモスくんを駐車スペースに移動させていると、
「あそこに」
鞠野先生が指した外階段に白い服が見えた。
9階まである階段を一散に昇るクロエだった。
エレベーター使えばいいのに何でわざわざ。
あたしはバモスくんを降りると、クロエを追いかけて外階段を昇り始めたのだった。