「辻沢ノーツ 76」

文字数 1,905文字

 変わり果てたミヤミユを置き去りにしてホテルを出ると、駐車場から一台の車がこちらに近づいて来て止まった。

見覚えのあるコアラ顔の車。鞠野先生のバモスくんだった。

「やあ、野太くん。調子はどうだい」

と、こんな時にとぼけた挨拶が鞠野先生らしすぎてイラッとした。

「早く乗って」

助手席のミヤミユに促されて後部座席に乗りこむ。

バモスくんのエンジンが相変わらず頼りない音をたてて走り出す。

ミヤミユがあたしに振り向いて言った。

「大丈夫だった?」

と膝に置いたあたしの手を取ろうとするので咄嗟にそれを払いのけた。

「あたしがミユウだよ。分かるでしょ?」

「うん。でも、さっきのもミヤミユだった」

ミヤミユは言葉を詰まらせた。その目に涙が光ったのが見えた。

 鞠野先生が運転しながら、

「あれは屍人だよ。ゾンビとも言うね。ヴァンパイアに殺された人の末路で、自分が何者かもわからず血を求めて永遠に彷徨い歩く存在だ」

と説明した。

「コミヤミユウの格好をしてました」

「そうだね」

助手席からこちらを見ているミヤミユの目を見て言った。

「あっちが本物のミヤミユだからでしょ?」

ミヤミユは目を逸らすように前に向き直った。

そして小さく肩を震わせた。

しばらくしてミヤミユが言った。

「いつ分かったの?」

「ずっと前」

ホテルで一緒にTV観た時に。

「そっか」

「双子だって区別つくよ。フジミユ」

二人ともあたしの大事な友達だもん。



 大門総合スポーツ公園のキャンプ場についたころには7時半を回っていた。

バモスくんを駐車場に停めて、ログハウス調の小屋がいくつも並んだエリアの一番奥まで歩いて来た。

鞠野フスキはなぜか機嫌よさげで先頭を歩き、フジミユはずっと無言でうつむき勝ち。

あたしも黙って二人について行く。

背後に森の際が迫っているコテージ調の建物まで来た。

その木の階段に見覚えがあった。

それを上がるとデッキになっているのまで動画で見たのと同じだった。

鞠野フスキが鍵を開けて中に入ると、フジミユがあたしの背中に手を当てて、

「入って」

と言った。

コテージの中は思ったより広くベッドが2つと応接セットがあった。

その床に植物の苗木が所狭しと置いてあるせいでジャングル感のある室内になっている。

ミヤミユの部屋のをこちらに移したのだろう。

 鞠野フスキは備え付けの簡易キッチンに立ってお湯を沸かし始める。

フジミユは応接セットのソファーにあたしに座るように勧めた。

あたしは促されるままに座ったけれど、この部屋に入った時から感じている居心地の悪さはなんなんだろう。

鞠野フスキがキッチンから湯気の立った白いホーローのカップを二つ持ってあたしとフジミユに差し出した。

ココアの甘い香りが部屋に広がっている。

「温まるよ」

鞠野フスキからコップを受取ろうとしたらあたしの指先が小刻みに震えていた。

吹きさらしのバモスくんに乗って来たから体が冷えきってしまったんだ。

それともあのミヤミユに襲われた時のショックがまだ抜けてないのかも。

猫舌のフジミユは自分のコップを受け取ると口元に持ってきてフーフーしている。

ココアはフーフーするほど熱くはなかったけど、コップから伝わる温度と舌に感じる甘さとほろ苦さとが心地よかった。

フジミユもやっと一口飲んで「甘ッ」と顔をしかめ、

「突然訪ねて来たからビックリしたよ。昨日の夜は」

と言ったので少しうろたえてしまった。

「カメラを着けてるの見て、もう隠しておけないかなって思った。聞きたいよね」

そう。聞きたい。

そのためにミヤミユに会いに行ったんだから。

でも、そのミヤミユは本当はフジミユで、本当のミヤミユはゾンビで、いま目の前にいるミヤミユはフジミユだけど。

あーややこしい。

「何であたしがミヤミユに会いに行くって分かったの?」

あそこの部屋はずいぶん前に引き払ったようだったし。

「ずっとクロエのこと追跡してたの。辻沢で一緒に買ったスマホにアプリ入れておいたんだ。ごめんね」

「いいよ」

スマホを買うのに付き合てくれたのはミヤミユだったはずだけどな。

「どこ行っちゃうか分かんないからね。クロエは」



 それから夜通したくさん話してもらった。

あたしが鬼子でおばあちゃんが鬼子使いだったとか、おばあちゃんが亡くなってフジミユがそれを引き継いだとか。

「鬼子使いって?」

「鬼子のお世話係かな」

あたしとおばあちゃんとは血が繋がってないってことも。それは中学生のころから知ってたけど。

そして

生まれた時のあたしと鞠野先生との因縁話。

鞠野先生に大学で出会ったのが偶然じゃなかったと知った。

でも、どうしてフジミユがミヤミユになりすましていたのかは教えてくれなかった。


                 <第一部 完>

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