「書かれた辻沢 53」

文字数 2,379文字

 あたしがソファーに座ると、キッチンから和装の女性の方が現れた。

「こちら高倉さんです。うちの賄いをしていただいています」

 と由香里さんが言った。まひるさんもお辞儀をしている。

きっと親戚の方なのだろう、気品のある美しさが由香里さんに似ている気がした。

由香里さんと違うのは古風な印象を受けるところ。

和装だからというのではなく、お化粧、特に派手めなチークが気になった。

 高倉さんは目線で挨拶すると、あたしとまひるさんの前に香り立つコーヒーを置いて、

「この方が新しいお星様ですか?」

 と由香里さんに聞く。

「そうです。フジノミユキさんです。何かあったら力になってあげてくださいね」

 高倉さんは笑顔であたしを見て、

「もちろんです。お任せくださいませ」

 と言った。あたしはこの方に何をどうすればいいのか全然わからなかったけれど、

「よろしくお願いします」

 と取りあえず返した。高倉さんは笑顔のまま、

「それでは、ごゆっくり」

 とキッチンへ戻って行く。

 あたしはその後ろ姿を目で追いながら、

「ご親戚の方ですか?」

 と聞くと、由香里さんは。

「宮木野神社の宮司さんの奥様で、昔から調家の面倒を見てくださっています」

 と「昔から」を強めに言った。そうとう深い関わりがあるのだろう。

「召し上がっていてください」

 と由香里さんは言うと席を立つて部屋を出て行った。

 まひるさんがコーヒーを手にしている姿をなんとなく見ていると、高倉さんに雰囲気が似ていることに気がついた。

そうか、まひるさんも由香里さんとは親戚だったな。

血筋か。それにしても辻沢の人たちって、なんでこう反則的に綺麗な人ばっかりなの。

あたしなんか……。

「ミユキ様は、とってもおきれいですよ」

 まひるさんに恥ずかしいことを聞かれてしまっていたけれど、

「あ、ありがとうございます」

 言われたことは正直に嬉しかった。まひるさんにきれいだと言われて悪い気がする人なんていないだろう。

「お待たせしました」

 由香里さんが手に分厚いノートを携えて戻ってきた。そのリングノートには見覚えがある。

「クミのノートです」

そう言ってテーブルの上に置いた。

あたしは、失礼して中を見てみた。紫子さんに聞いていたのとは違って、中が黒インキで塗りつぶされていなかった。

 しかしクミさんのノートは鬼子神社で燃えたはずだ。

「それがどうしてここに?」

 ボロボロになった燃えかすの山を思い出した。

「これは、レプリカです。クミの仲間が書き写したものです」

 それを受けてまひるさんが、

「五芒星の中のお一人だそうです。ミユキ様もご存じの方です」

 あたしは、クミさんの仲間のことなど一人も知らなかった。

知っているのは由香里さんだけ。

まひるさんは何か思い違いをしているのでは?

すると由香里さんが、

「兵頭ナオコさんをご存じないですか?」

 あたしは記憶を総動員してその名前を思い出そうとした。

なにか引っかかりそうなものはあるのだけれど、それはあたしの脳裏に結像することはなかった。

だから、

「知らないと思います」

 と答えるしかなかったのだった。

「では、サキさんのおばさまと言ったら?」

「あ!」

 母宮木野の墓所から帰った朝、青墓の杜で読んだ記憶の糸のことを思い出した。

その時に見たあの家の表札はたしか、兵頭だった。

「このノートはナオコさんが書き写したもので、死後、サキさんがあたしの所に持ち込んでくれました」

 サキは何をしたかった?

「ここにあたしの名前があります」

 由香里さんは、裏表紙を広げて見覚えのある五芒星を見せてくれた。

鬼子神社の時に見たものにはイニシャルしかなかったその下にカッコをしてそれぞれの名前が書き込まれていた。

そこにはたしかに佐野久美と兵頭直子、そして調由香里という名前が読み取れたのだった。  

「サキさんはノートを渡すかわりに便宜を図って欲しいと言っていました。就職のです。だからあたしの知り合いに紹介しました」

「伊礼COO?」

 由香里さんは少し驚いた顔をして、

「ご存じでしたか。それと何かさせて欲しいというので調査をお願いしました」

「それってユウさんの調査ですか?」

 義務でやってると言っていた『スレイヤー・R』参戦。

「いいえ、星を潰している者の正体のです」

 由香里さんは、ここ最近辻沢で頻発していたヴァンパイア襲撃が、星目的だと気付いたと言った。

由香里さんの同世代の者ばかりが狙われ、ついにナオコさんが、そしてご自分が襲われて確信したのだそうだ。

「その時、助けて下さったのがユウさんとまひるさんでした」

 それまでは伝わってくる情報がユウさんの容姿を思わせるものだったので鬼子の仕業と思っていたのだそうだ。

けれど、いざ自分が襲われて、それが敵の擬態によるものだと分かったのだという。

「それがパジャマの少女だったと」

「そうです。おそらくはこのノートを探していたのではないでしょうか?」

 そうだとして、ナオコさんが殺されたときどうしてノートは無事だったのだろう。

「身の危険を感じたナオコさんは、サキさんのところに避難させていたようです。小包で郵送して」

 サキは中身を理解していたのだろうか? 

 机の上に置かれたリングノートに触れてみた。サキの記憶の糸を微かに感じることが出来た。

そこには六辻家筆頭の調家当主の名前を見付けて喜ぶサキの姿があった。

サキは中身のファンタジーよりもノートから得られる利益を見ていたのだ。

どこまでもリアルに踏みとどまって生きるサキ。それはそれで正しい気がした。

「そのノートは、ミユキさんにお預けします。ユウさんにはいらないと言われたのですが、お役に立てていただけるとありがたいです」 

「きっとお役に立てます」

 とお答えした。

 そしてあたしは、奇しくも兵頭ナオコさんとサノクミさん二人の遺品となってしまったリングノートをそっと胸に抱えたのだった

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