「書かれた辻沢 96」
文字数 1,691文字
「いきなりピーキー過ぎます」
「ピーキーって?」
クロエが引っかかっる。
「調整が神経質な時に使う。『AKIRA』の金田のバイクとか有名」
ユウさんが説明してくれた。
たしかに、これまでの条件付けはかなり緩かった。
5人というのも、まめぞうさんたちが加わったら7人なわけだし。
それがいきなり、りすけさんを要求してくるとは。
「どうする?」
ユウさんに聞かれてふと思ってしまったのだったが、それはまひるさんが許してくれなかった。
「アレクサンドラさんはダメです」
アレクセイを立たせてもう一本の荒縄を曳かせる。
いい解決策だと思うんだけども、ユウさんもまひるさんもどうしてもアレクセイをけちんぼ池に連れて行きたいらしい。
とするとお手上げ。引き返すしかないのだけども。
「ま、エニシが許してくれるのを待つしかないか」
と案外ユウさんがのんきなことを言う。
「そうですね。では人捜しでもしまようか」
とまひるさんも同意見のようだ。
人捜しって、ミユウのことだったり?
ユウさんとまひるさんは階の上を後方に移動して、すり鉢の渦巻きを見に行った。
クロエがあとを追い、あたしもそれについてゆく。
今、社殿は斜面の途中にあって後方に傾いでいるため、勾欄に掴まって移動する。
改めて見る大渦は、中心に漆黒の巨大な穴を穿って、血飛沫を上げながらすべてを奈落へと吸い込み始めていた。
「ユウ様はミユウ様を見つけられましたか?」
「うん。何度かね」
あたしはひだるさまと戦いながらいちいち顔を確かめていた。
自分の相手がもしかしたらミユウかも知れないと思ったからだ。
けれども、どの顔も金色の眼、銀牙をむき出しにして血泡を吹いていてまったく見分けが付かないと知った。
それで途中からは赤襦袢のひだるさまを相手にするときは、ここにはミユウはいないと思い込んで黒木刀をふるっていたのだった。
「何度か、社殿に這い上ろうとしてたけどさ」
まさかあたしが……。
「落ちてた」
ミユウは運動があんまり得意じゃなかった。それはひだるさまになっても変わっていないらしかった。
「でもどうしてミユウと分かったんですか? まめぞうさんのような特別な身体特徴もないのに」
あたしもそうだが、言ってしまえばミユウは平均的だ。
「色だよ。ボクは人が立てる音が色で見える」
そうなのだ。
あたしがクロエに分からないようにミユウに化けると言ったら、ユウさんはごまかせない、足音まで色で見えてるからって言われたのだった。
「それで今はどうしてますか?」
まひるさんが聞いた。
「えっとね」
ユウさんが欄干から身を乗り出して血の海を見渡し始めた。
そして、大渦が落ち込む縁あたりを指さして、
「あそこで渦に飲み込まれそうになってるよ」
と言った。
「どこでしょう?」
「ほら、今片手を上げて溺れかけてる」
「あ、わかりました」
ホエールツアーでゴンドウクジラの親子を見つけたツアラーのような二人なのだった。
「大丈夫そう?」
「はい、しっかりお顔を覚えました」
そうか。ユウさんの色の識別で見つけ出し、まひるさんの驚異的な記憶力で顔を覚えるんだ。
「ユウ様とあたしできっと探し出して見せます」
まひるさんが言った言葉の意味がようやく今わかった。
「助けに行かなきゃ」
あたしが言うとユウさんが、
「いや、今助けてもけちんぼ池には連れて行かれない」
「ここに集まったひだるさまは、最後にはみんな渦に飲まれてあちらへ移行するそうです」
「そこで、捕まえる」
こうしてミユウ捕獲作戦が開始された。
「そろそろかな」
ユウさんが階のある社殿の前面に戻っていく。
「聞こえて来ましたね」
と、まひるさん。来たとき同様クロエとあたしもそれについて行く。
「何が聞こえるんでしょう?」
とあたしが言うと、ユウさんが、
「ほら」
と空を指さした。
あたしは上空に向かって耳を澄ましてみた。
聞こえてくるのは渦巻く血の波の音ばかりだ。と思ったらなんだか聞き覚えのある音が降ってきた。
プップッピーピー。
あのおかしな音は、バモス・ホンダTN360。
鞠野先生の車が真っ赤な月を背景に、あたしたちの頭の上をゆっくりと飛び越えて行くのが見えた。
「ピーキーって?」
クロエが引っかかっる。
「調整が神経質な時に使う。『AKIRA』の金田のバイクとか有名」
ユウさんが説明してくれた。
たしかに、これまでの条件付けはかなり緩かった。
5人というのも、まめぞうさんたちが加わったら7人なわけだし。
それがいきなり、りすけさんを要求してくるとは。
「どうする?」
ユウさんに聞かれてふと思ってしまったのだったが、それはまひるさんが許してくれなかった。
「アレクサンドラさんはダメです」
アレクセイを立たせてもう一本の荒縄を曳かせる。
いい解決策だと思うんだけども、ユウさんもまひるさんもどうしてもアレクセイをけちんぼ池に連れて行きたいらしい。
とするとお手上げ。引き返すしかないのだけども。
「ま、エニシが許してくれるのを待つしかないか」
と案外ユウさんがのんきなことを言う。
「そうですね。では人捜しでもしまようか」
とまひるさんも同意見のようだ。
人捜しって、ミユウのことだったり?
ユウさんとまひるさんは階の上を後方に移動して、すり鉢の渦巻きを見に行った。
クロエがあとを追い、あたしもそれについてゆく。
今、社殿は斜面の途中にあって後方に傾いでいるため、勾欄に掴まって移動する。
改めて見る大渦は、中心に漆黒の巨大な穴を穿って、血飛沫を上げながらすべてを奈落へと吸い込み始めていた。
「ユウ様はミユウ様を見つけられましたか?」
「うん。何度かね」
あたしはひだるさまと戦いながらいちいち顔を確かめていた。
自分の相手がもしかしたらミユウかも知れないと思ったからだ。
けれども、どの顔も金色の眼、銀牙をむき出しにして血泡を吹いていてまったく見分けが付かないと知った。
それで途中からは赤襦袢のひだるさまを相手にするときは、ここにはミユウはいないと思い込んで黒木刀をふるっていたのだった。
「何度か、社殿に這い上ろうとしてたけどさ」
まさかあたしが……。
「落ちてた」
ミユウは運動があんまり得意じゃなかった。それはひだるさまになっても変わっていないらしかった。
「でもどうしてミユウと分かったんですか? まめぞうさんのような特別な身体特徴もないのに」
あたしもそうだが、言ってしまえばミユウは平均的だ。
「色だよ。ボクは人が立てる音が色で見える」
そうなのだ。
あたしがクロエに分からないようにミユウに化けると言ったら、ユウさんはごまかせない、足音まで色で見えてるからって言われたのだった。
「それで今はどうしてますか?」
まひるさんが聞いた。
「えっとね」
ユウさんが欄干から身を乗り出して血の海を見渡し始めた。
そして、大渦が落ち込む縁あたりを指さして、
「あそこで渦に飲み込まれそうになってるよ」
と言った。
「どこでしょう?」
「ほら、今片手を上げて溺れかけてる」
「あ、わかりました」
ホエールツアーでゴンドウクジラの親子を見つけたツアラーのような二人なのだった。
「大丈夫そう?」
「はい、しっかりお顔を覚えました」
そうか。ユウさんの色の識別で見つけ出し、まひるさんの驚異的な記憶力で顔を覚えるんだ。
「ユウ様とあたしできっと探し出して見せます」
まひるさんが言った言葉の意味がようやく今わかった。
「助けに行かなきゃ」
あたしが言うとユウさんが、
「いや、今助けてもけちんぼ池には連れて行かれない」
「ここに集まったひだるさまは、最後にはみんな渦に飲まれてあちらへ移行するそうです」
「そこで、捕まえる」
こうしてミユウ捕獲作戦が開始された。
「そろそろかな」
ユウさんが階のある社殿の前面に戻っていく。
「聞こえて来ましたね」
と、まひるさん。来たとき同様クロエとあたしもそれについて行く。
「何が聞こえるんでしょう?」
とあたしが言うと、ユウさんが、
「ほら」
と空を指さした。
あたしは上空に向かって耳を澄ましてみた。
聞こえてくるのは渦巻く血の波の音ばかりだ。と思ったらなんだか聞き覚えのある音が降ってきた。
プップッピーピー。
あのおかしな音は、バモス・ホンダTN360。
鞠野先生の車が真っ赤な月を背景に、あたしたちの頭の上をゆっくりと飛び越えて行くのが見えた。