「書かれた辻沢 26」

文字数 1,530文字

 幸いサキのスマフォのアプリで出玉の確認ができたので、蛭人間に鉢合わせという事態は避けられた。

しかし、暗闇の青墓を彷徨い歩くのは並みの恐怖ではない。

サキなどはスマフォを手にあたしの腕にしがみついて、何かが蠢いて下草がガサガサ鳴る音や、風に揺られて頭上の木の葉が立てる音にいちいちビクつきながら付いて来る。

あたしはあたしで捻じ曲がった記憶の糸に絡めとられないよう気を付けて歩かなけばならないのだった。

 人が歩かないような道、獣が生き交うような道を草木を踏みしだいて進んでゆく。

 時にサキが

「ここどこなの? フジノジョシ分かって歩いてる?」

 と不安MAXで聞いてくる。

「大丈夫」

 とサキの手をさすりながら答えるけれども、あたしも分かってなどいなかった。

「わがちをふふめおにこらや」

 あたしだけに聞こえる声。あの声に導びかれて青墓の奥へ奥へと連れて来られただけだったから。

 いつかあたしたちとサキは緩やかな傾斜地を歩いていた。

青墓の杜の深部が丘陵地になっているということは聞いたことがあった。

きっとそこに辿り着いたのだ。

あたしとサキはその丘陵の斜面に沿って移動する。

狭い斜面の道を歩くと落ち葉がカサカサと音がした。

 しばらく行くと道が半ば崩れているところがあった。

飛び越えようとしてサキがバランスを崩してしまった。

咄嗟に手を伸ばしたが届かず、サキは斜面を転がり落ちて行った。

「フジノジョシ!」

 と叫んだ声が暗闇の中に吸い込まれて聞こえなくなった。

斜面はそれほど急でなかったのであたしもサキを追いかけて降りることが出来た。

あたしが斜面を滑り降りると、そこは一面落ち葉に覆われた広い平地になっていた。

しかし、ヘッドライトで照らしてみたがサキの姿は見当たらない。

「サキ!」

 と呼びかけると、

「助けて!」

 と声はするが見当たらない。

「どこ?」

「ここだよ。めっちゃ落ち葉が纏わりついてくる!」

 どうやらサキは落ち葉に埋もれてしまったらしい。

サキは落下の勢いのまま落ち葉の海にはまってしまったのだろう。

 あたしも用心しながら落ち葉の中に一歩踏み出したのだったが、一気に首まで埋もれてしまった。

落ち葉の嵩はかなりあるようだった。

もしかしたらここは窪地に落ち葉が吹き溜まって出来た場所かもしれなかった。

 一歩踏み出すと下はふかふかとしていたが、それ以上は埋もれてしまわないようだった。

それでそのまま、落ち葉を手で掻きながら泳ぐようにサキの声に近づいて行く。

落ち葉を掻き分けるたびに饐えた匂いが鼻に纏わりつく。

「サキどこ?」

 口を開くと湿った落ち葉が邪魔をする。

「うぐぐ。ぐ」

 さっきより微かなサキの声。

それを頼りに、あたしは四方に腕を広げて落ち葉を何度も掻いた。

何回目かに指の先に何かが触れた。

近づいて行ってさらに手を大きく掻いてみる。今度はかなりの手ごたえ。

どうやら靴のようだ。

それを捕まえて思いっきり引っ張ってみる。

すると、

「ぐぐう」

 と足の方からうめき声。

どうやらサキは落ち葉の中で逆さになってしまったらしい。

 足首、太もも、お尻と順繰りに掴んで引っ張り上げ、やっとサキが両手をじたばたしながら落ち葉の中から顔を出した。

「助かった!」

 大きく息をしながらサキが言った。

「怪我は?」

「ないよ。それより早くここを出よう。吸い込まれそう」

 と言うと、サキは両手で落ち葉を掻きながら固そうな地面に向かって行く。

しかし、あたしはそれについて行かないで、

「先に行って待ってて」

 とそこに留まったのだった。

 それというのも、その落ち葉の海の底からあの声がしていたから。

「わがちをふふめおにこらや」

 あたしを誘うその声は、水底から響くセイレーンの歌のようにその場にあたしを捉えて離さなかった。


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