「書かれた辻沢 55」
文字数 2,252文字
この先を読めばけちんぼ池のことが分かる。
あたしが身を乗り出しかけると、
「先生、けちんぼ池は地獄にあるってさっき言ってたけど、そもそも地獄って行けるの?」
とユウさんが鞠野先生に質問をした。
「けちんぼ池は本当は、血盆池つまり血の池地獄だからそう言ったんであって、僕は行けるかどうかは知らない。しかし、行った人は確実にいるよね」
「夕霧太夫たちですね」
まひるさんがそれに応える。
「そう。夕霧と伊左衛門はけちんぼ池に到達しているからね」
ならば、夕霧と同じようにすればいい。
「でも、語り手の伊左衛門が気絶してる間に到着してしまったから夕霧たちの行き方は分からない」
ユウさんが言った。
それを聞いて鞠野先生が自説を開陳し始めた。
「日本には古くから地獄往還記が沢山ある。古事記の伊弉諾伊弉冉に始まって、地獄めぐりの小野篁、説経節の小栗判官なんかは代表作だね。
伊弉冉伊弉諾は黄泉平坂、小野篁は六道珍皇寺の裏手だったかな、小栗判官は墓に埋められたあと地獄に落ちて閻魔様に追い返される。他にも坊さんが瞑想中に頓死して気づいたら地獄だったなんてものまである。つまり地獄への行き方はどれもまちまち、まったくちがうんだ」
するとユウさんが、
「結局行く方法なんて自分で探すしかないんだよ。だから人のノートを見てもって思うんだけどね」
と言った。
確かに、条件がその都度違うと紫子さんも言っていた。
サノクミさんとナオコさんたちだって、このノートを後のあたしたちに見せる意図で作ったわけではないだろう。
しかし、巡り巡って今こうしてあたしたちの手元にあるということは、きっとなにか意味がある。
ノート自体がエニシに導かれてここにある。あたしにはそんな気がするのだ。
乗り気でないユウさんを横目に、あたしたちはサノクミさんのノートを繰って行く。
その中でサノクミさんは何度も人の配置について記述していた。
サノクミさんの周りに由香里さんやナオコさんや他の人たちを配置するような書き方なのだった。
「あたしの右手に由香里がいて、左手に■■■がいるはず」
■はおそらく人の名前だ。
後から☆印とは違う黒いサインペンで塗りつぶされていて見えなくなっている。
もしかしたら名前が他人にばれるのを警戒したのかもしれない。
また、
「ナオの右手は■■で、左手に■■■がいる」
なんのことだかあたしにはよくわからなかった。すると鞠野先生が、
「これは裏表紙の五芒星のことのようだね」
と言った。
鞠野先生の指摘を受けて裏表紙を開いてみる。
そこに描かれた、頂点にイニシャルの記された五芒星を見てみると、確かにノートの記述通りに人物が配置されていたのだった。
「これがなんだって?」
ユウさんが聞いて来た。興味を持ってもらえたようだった。
「五芒星の頂点に人を配置しているけれど、それには法則があったみたいです」
あたしがそう説明すると、ユウさんがノートを手に取った。
そうしてノートの中と裏表紙をしばらく交互に見てからテーブルに戻し、
五芒星の頂点を指しながら、
「これって赤い糸の繋がれ方だよ。ここにぼくがいるとしたら、左にミユウ、右にまひるの左でしょ。それでまひるの右にミユキの左で、ミユキの右がクロエの左。今じゃもうわからないけれど、クロエの右がミユウの左手だったとすると、ボクたちでも星の一筆書きが出来る」
と言ったのだった。
つまりミユウを含めてあたしたちみんなが赤い糸で繋がり、一筆書きの星を形作っていると。
「なるほど。君たちは閉鎖系なんだな」
と鞠野先生がよくわからない感心の仕方をした。
まひるさんがあたしの手を取ったので、ちょっとドキッとした。
そして、あたしの目を見ながら、
「やっぱりあたしはミユキ様と赤い糸で繋がっていたのですね」
と言った。
そういえば今ユウさんが、あたしはクロエともう一人の人と繋がってるって言った気が……。
「赤くはないけどね」
とユウさん。それを聞いてあたしは改めて言われたことを理解した。
「あたしとまひるさんとがすか?」
そういうとユウさんが、あたしの顔をまじまじと見て、
「ミユキは見えてるのかと思ってたよ。見えてないの? 二人の間の糸」
と言った。
まひるさんと一緒にいると時々薬指がうずいたのを思い出した。
それって、まひるさんと薬指で繋がってたからなの?
そういえばうずくのはいつも赤い糸が見えていた右手でなく、見えてないほうの左手の薬指だった。
あたしはユウさんがミユウとまひるさんと赤い糸で繋がってて、特別なんだと思っていた。
でも、あたしも、まひるさんも、クロエも、ミユウもそれぞれが二本ずつの糸で繋がってるとユウさんは言う。
もしそれが本当ならば、紫子さんが言っていた、
「ここで生まれた子はみんな特別」
という言葉は本当にあたしたちのことを言っていたことになる。
ユウさんがみんなの顔を見回して言った。
「問題はそれがどうしたってことなんだよ。ボクも5人が繋がってるのは知ってる。でもそれをどうしたらけちんぼ池に行けるようになるのかがどうしても分からなかった」
その言葉を聞いて、今までユウさんが一人でけちんぼ池の謎と戦って来たことを思った。
とても強いユウさんだけれど辛かったんじゃないか。
でも、今ここにいるあたしたちはユウさんの家族だ。
助けあうことが出来る。それを伝えてあげたかった。
あたしはユウさんの手を取って、
「一緒に、ノートの続きを読み解きましょう」
と言った。
するとユウさんは、
「分かった」
と、素直に頷いてくれたのだった。
あたしが身を乗り出しかけると、
「先生、けちんぼ池は地獄にあるってさっき言ってたけど、そもそも地獄って行けるの?」
とユウさんが鞠野先生に質問をした。
「けちんぼ池は本当は、血盆池つまり血の池地獄だからそう言ったんであって、僕は行けるかどうかは知らない。しかし、行った人は確実にいるよね」
「夕霧太夫たちですね」
まひるさんがそれに応える。
「そう。夕霧と伊左衛門はけちんぼ池に到達しているからね」
ならば、夕霧と同じようにすればいい。
「でも、語り手の伊左衛門が気絶してる間に到着してしまったから夕霧たちの行き方は分からない」
ユウさんが言った。
それを聞いて鞠野先生が自説を開陳し始めた。
「日本には古くから地獄往還記が沢山ある。古事記の伊弉諾伊弉冉に始まって、地獄めぐりの小野篁、説経節の小栗判官なんかは代表作だね。
伊弉冉伊弉諾は黄泉平坂、小野篁は六道珍皇寺の裏手だったかな、小栗判官は墓に埋められたあと地獄に落ちて閻魔様に追い返される。他にも坊さんが瞑想中に頓死して気づいたら地獄だったなんてものまである。つまり地獄への行き方はどれもまちまち、まったくちがうんだ」
するとユウさんが、
「結局行く方法なんて自分で探すしかないんだよ。だから人のノートを見てもって思うんだけどね」
と言った。
確かに、条件がその都度違うと紫子さんも言っていた。
サノクミさんとナオコさんたちだって、このノートを後のあたしたちに見せる意図で作ったわけではないだろう。
しかし、巡り巡って今こうしてあたしたちの手元にあるということは、きっとなにか意味がある。
ノート自体がエニシに導かれてここにある。あたしにはそんな気がするのだ。
乗り気でないユウさんを横目に、あたしたちはサノクミさんのノートを繰って行く。
その中でサノクミさんは何度も人の配置について記述していた。
サノクミさんの周りに由香里さんやナオコさんや他の人たちを配置するような書き方なのだった。
「あたしの右手に由香里がいて、左手に■■■がいるはず」
■はおそらく人の名前だ。
後から☆印とは違う黒いサインペンで塗りつぶされていて見えなくなっている。
もしかしたら名前が他人にばれるのを警戒したのかもしれない。
また、
「ナオの右手は■■で、左手に■■■がいる」
なんのことだかあたしにはよくわからなかった。すると鞠野先生が、
「これは裏表紙の五芒星のことのようだね」
と言った。
鞠野先生の指摘を受けて裏表紙を開いてみる。
そこに描かれた、頂点にイニシャルの記された五芒星を見てみると、確かにノートの記述通りに人物が配置されていたのだった。
「これがなんだって?」
ユウさんが聞いて来た。興味を持ってもらえたようだった。
「五芒星の頂点に人を配置しているけれど、それには法則があったみたいです」
あたしがそう説明すると、ユウさんがノートを手に取った。
そうしてノートの中と裏表紙をしばらく交互に見てからテーブルに戻し、
五芒星の頂点を指しながら、
「これって赤い糸の繋がれ方だよ。ここにぼくがいるとしたら、左にミユウ、右にまひるの左でしょ。それでまひるの右にミユキの左で、ミユキの右がクロエの左。今じゃもうわからないけれど、クロエの右がミユウの左手だったとすると、ボクたちでも星の一筆書きが出来る」
と言ったのだった。
つまりミユウを含めてあたしたちみんなが赤い糸で繋がり、一筆書きの星を形作っていると。
「なるほど。君たちは閉鎖系なんだな」
と鞠野先生がよくわからない感心の仕方をした。
まひるさんがあたしの手を取ったので、ちょっとドキッとした。
そして、あたしの目を見ながら、
「やっぱりあたしはミユキ様と赤い糸で繋がっていたのですね」
と言った。
そういえば今ユウさんが、あたしはクロエともう一人の人と繋がってるって言った気が……。
「赤くはないけどね」
とユウさん。それを聞いてあたしは改めて言われたことを理解した。
「あたしとまひるさんとがすか?」
そういうとユウさんが、あたしの顔をまじまじと見て、
「ミユキは見えてるのかと思ってたよ。見えてないの? 二人の間の糸」
と言った。
まひるさんと一緒にいると時々薬指がうずいたのを思い出した。
それって、まひるさんと薬指で繋がってたからなの?
そういえばうずくのはいつも赤い糸が見えていた右手でなく、見えてないほうの左手の薬指だった。
あたしはユウさんがミユウとまひるさんと赤い糸で繋がってて、特別なんだと思っていた。
でも、あたしも、まひるさんも、クロエも、ミユウもそれぞれが二本ずつの糸で繋がってるとユウさんは言う。
もしそれが本当ならば、紫子さんが言っていた、
「ここで生まれた子はみんな特別」
という言葉は本当にあたしたちのことを言っていたことになる。
ユウさんがみんなの顔を見回して言った。
「問題はそれがどうしたってことなんだよ。ボクも5人が繋がってるのは知ってる。でもそれをどうしたらけちんぼ池に行けるようになるのかがどうしても分からなかった」
その言葉を聞いて、今までユウさんが一人でけちんぼ池の謎と戦って来たことを思った。
とても強いユウさんだけれど辛かったんじゃないか。
でも、今ここにいるあたしたちはユウさんの家族だ。
助けあうことが出来る。それを伝えてあげたかった。
あたしはユウさんの手を取って、
「一緒に、ノートの続きを読み解きましょう」
と言った。
するとユウさんは、
「分かった」
と、素直に頷いてくれたのだった。