「辻沢日記 15」
文字数 1,519文字
ユウから少し遅れて青墓の木々の間を駆けていたら突然目の中に火花が散った。
クラッとして足が縺れ勢い余って道わきの下草に上体からもんどり打って突っ込んだ。
何が起こったか分からず、しばらくその場に仰向けになってぼうっと夜空を見ていたら、頭のほうで咆哮が聞こえた。
我に返って体を起こしそちらを見ると、コウモリのような翼を持った生き物がユウに覆い被さっていた。
その生き物はリクルートスーツに真っ赤なハイヒールの格好をした女で、ユウにマウントして拳を顔面に叩き込んでいた。
拳が振り下ろされる度に地響きとともに肉が弾けるような音がする。
リクス女の両膝で腕を押さえつけられたユウはまともにそれを受けていて、顔が赤黒く染まっていた。
あれほどの顔面損傷は潮時でないユウには死を意味する。
あたしは咄嗟の勢いで駆け出してリクス女に体ごとぶつかった。
あたしの本気の体当たりは成人男性でも数メートルは吹っ飛ばす。
けれどリクス女の体はびくともせず、あたしはその場に前かがみにへしゃげる始末。
とにかく重い、そしてやたらと頑強だ。
まるでそこに鋼鉄の杭が刺さっているよう。
リクス女がこちらに目を向けた。
そしてユウの首を片手で押さえつけながら、もう片方の手であたしの髪を鷲掴んで引き上げた。女とは思えないものすごい力だ。
鮮血を固めたような真っ赤な瞳と目があう。
その真ん中に漆黒の陥穽があってそこに引き摺り込まれそうだ。
掴まれた腕を外そうとしたが万力のような手を外すことはできなかった。
結局あたしは無力でその女を見返すことしかできないと知る。
濡れたような長い黒髪が美しかった。
肌は透き通り何本もの血管が青黒く浮き出ている。
笑っているかのような口元からサーベルを思わす銀牙が四本上下に交差して突き出ていて、その鋭い先端から涎の筋が赤い糸となって垂れていた。
リクス女は不思議そうにあたしの顔をねめつけると、おもむろにあたしの喉元に顔を埋めて来た。
「かはっ」と顎の下あたりで乾いた音がした。
ユウがもがいているのが分かる。
女を押しのけようと必死であがいているのだ。
でも、さすがのユウもリクス女の絶望的な圧力には抗えないようだった。
あたし屍人になるのか。
死んでもなお血を求めて彷徨い続ける、あのおぞましい存在に。
彼女らが失ったものは何なのか、そして日々何を見ているのか。
ぼんやりとそんなことを考えた。
別れを言いたい人が目の前に浮かんできた。
ゼミのみんな。ミユキ。鞠野先生……。
喉が燃えるように熱い。
熱した火箸でも押し当てられてるんじゃないか。
もがいてもリクス女の力が強くてどうすることもできない。
こめかみが急に涼しくになった。意識が遠のいて行く。
何かこの世のものとは思えない愉悦が湧き上がってくる感覚。
それを受け入れてしまえばあたしは自由になる。
きっと苦しみなんてない世界が待ってる。
そうしたらユウとやり直そう。
そうだ、二人で生きてゆこう。
誰も知らない町の、小さなアパートの部屋に可愛い家具をそろえてさ。
仲の良い姉妹のふりをしてね……。
急激に近づいてくる暗闇。
二度とあの人に会うことはないんだと思うと涙が頬を伝って落ちた。
大きな衝撃を受けて地面に投げ出された。
上から何かが降り注いで来た。
雨? 頬に手をやるとヌルッとした感覚があった。
強い鉄の匂いがする。
あたしは土の上に寝転がってぼんやりと夜空を眺めた。
その視線の先には、リクス女がユウにマウントしたまま月に照らされていた。
でも、そこにリクス女の頭部はなかった。
その襟のあたりから大量に液体を噴出させていて、それがあたしを濡らした鉄くさい雨の正体らしかった。
誰かがリクス女の体を蹴り倒した。
「ご無事だったかしら?」
あの女の声だった。
クラッとして足が縺れ勢い余って道わきの下草に上体からもんどり打って突っ込んだ。
何が起こったか分からず、しばらくその場に仰向けになってぼうっと夜空を見ていたら、頭のほうで咆哮が聞こえた。
我に返って体を起こしそちらを見ると、コウモリのような翼を持った生き物がユウに覆い被さっていた。
その生き物はリクルートスーツに真っ赤なハイヒールの格好をした女で、ユウにマウントして拳を顔面に叩き込んでいた。
拳が振り下ろされる度に地響きとともに肉が弾けるような音がする。
リクス女の両膝で腕を押さえつけられたユウはまともにそれを受けていて、顔が赤黒く染まっていた。
あれほどの顔面損傷は潮時でないユウには死を意味する。
あたしは咄嗟の勢いで駆け出してリクス女に体ごとぶつかった。
あたしの本気の体当たりは成人男性でも数メートルは吹っ飛ばす。
けれどリクス女の体はびくともせず、あたしはその場に前かがみにへしゃげる始末。
とにかく重い、そしてやたらと頑強だ。
まるでそこに鋼鉄の杭が刺さっているよう。
リクス女がこちらに目を向けた。
そしてユウの首を片手で押さえつけながら、もう片方の手であたしの髪を鷲掴んで引き上げた。女とは思えないものすごい力だ。
鮮血を固めたような真っ赤な瞳と目があう。
その真ん中に漆黒の陥穽があってそこに引き摺り込まれそうだ。
掴まれた腕を外そうとしたが万力のような手を外すことはできなかった。
結局あたしは無力でその女を見返すことしかできないと知る。
濡れたような長い黒髪が美しかった。
肌は透き通り何本もの血管が青黒く浮き出ている。
笑っているかのような口元からサーベルを思わす銀牙が四本上下に交差して突き出ていて、その鋭い先端から涎の筋が赤い糸となって垂れていた。
リクス女は不思議そうにあたしの顔をねめつけると、おもむろにあたしの喉元に顔を埋めて来た。
「かはっ」と顎の下あたりで乾いた音がした。
ユウがもがいているのが分かる。
女を押しのけようと必死であがいているのだ。
でも、さすがのユウもリクス女の絶望的な圧力には抗えないようだった。
あたし屍人になるのか。
死んでもなお血を求めて彷徨い続ける、あのおぞましい存在に。
彼女らが失ったものは何なのか、そして日々何を見ているのか。
ぼんやりとそんなことを考えた。
別れを言いたい人が目の前に浮かんできた。
ゼミのみんな。ミユキ。鞠野先生……。
喉が燃えるように熱い。
熱した火箸でも押し当てられてるんじゃないか。
もがいてもリクス女の力が強くてどうすることもできない。
こめかみが急に涼しくになった。意識が遠のいて行く。
何かこの世のものとは思えない愉悦が湧き上がってくる感覚。
それを受け入れてしまえばあたしは自由になる。
きっと苦しみなんてない世界が待ってる。
そうしたらユウとやり直そう。
そうだ、二人で生きてゆこう。
誰も知らない町の、小さなアパートの部屋に可愛い家具をそろえてさ。
仲の良い姉妹のふりをしてね……。
急激に近づいてくる暗闇。
二度とあの人に会うことはないんだと思うと涙が頬を伝って落ちた。
大きな衝撃を受けて地面に投げ出された。
上から何かが降り注いで来た。
雨? 頬に手をやるとヌルッとした感覚があった。
強い鉄の匂いがする。
あたしは土の上に寝転がってぼんやりと夜空を眺めた。
その視線の先には、リクス女がユウにマウントしたまま月に照らされていた。
でも、そこにリクス女の頭部はなかった。
その襟のあたりから大量に液体を噴出させていて、それがあたしを濡らした鉄くさい雨の正体らしかった。
誰かがリクス女の体を蹴り倒した。
「ご無事だったかしら?」
あの女の声だった。