「書かれた辻沢 41」

文字数 2,225文字

 物音で目が覚めた。

隣に座ってユウさんの寝息を聞いていたら、いつのまにかあたしまで寝てたらしい。

横にいたはずのユウさんが見当たらない。

山椒畑の向こうの公民館を見ると、屋根の上に長い棒を携えた人影があった。

ユウさんのようだ。

あたしも急いで山椒畑を縫って近づいて行くと、森から道から蛭人間が公民館に押し寄せているのが見えた。

 裏手の山椒畑のへりから屋根の上のユウさんに、

「クロエは?」

 と聞くと、背をかがめながらこちらに近づいて来て、

「まだ中にいる。まめぞうたちも一緒」

 と、手を差し伸べてくれた。

 山椒畑のへりから屋根に飛び移ると、公民館の壁と土手の暗闇に蛭人間がひしめき合っているのが見えた。相当な数だった。

「どうしてこんなに?」

 ユウさんに言われて身をかがめながら、答えなど期待せずに聞いてみた。

「ケサの遺体を取りに来たみたい」

「どっちが?」

「どっちも」

 まめぞうたちはケサさんの遺体を取りに来た。蛭人間もケサさんの遺体が目的。

双方ぶつかるしかなさそうだった。

 裏の入り口からガラスが割れる音がした。

「始まった」

 それまで公民館に蝟集して来ていた大量の蛭人間が四方のガラスを割って中に侵入し始めた。

真下から喚き声が聞こえて来る。

「クロエ!」

「見てくる」

 と言ってユウさんが裏の出口の上から蛭人間の群れの中に飛び降りて行った。

 あたしも屋根の上をギリギリまで移動してユウさんの様子を見る。

 ユウさんは蛭人間の群れの中に飛び込むと、長い棒で次々に蛭人間を溶かしてゆく。

見てる間に十数体の蛭人間を蹴散らしてしまった。ユウさんホント強すぎ。

そうして裏手の蛭人間を一掃するとユウさんは公民館の中に入って行った。

 すると今度は出入り口側からガラスが割れる音がして、中からまめぞうさんが樽を抱えて出て来た。

まめぞうさんが持っているのは座棺だった。

四ツ辻では死者を座棺に入れて埋葬する。

屋根の上からそちらを見ると、前庭にさだきちさんもいて蛭人間を相手に異国の刀を振り回していた。

さだきちさんとまめぞうさんが棺桶を守り蛭人間を相手に獅子奮迅する姿を見ると、夕霧物語は葬式という意味が少し分かった気がした。

 しばらくしてクロエが公民館から出てきて、二人と一緒に戦い出した。

 無事でよかった。

 でも、クロエも含めてまめぞうさんとさだきちさんの周りは蛭人間が何重にも取り囲んでいる。

まさにあの夜サキと見たスマフォアプリの赤い点の渦のようだ。

「数が多いな。まめぞうたちだけでは捌ききれなさそう」

 屋根に戻って来たユウさんが言った。

「ちょっと、おしり蹴とばしてくる」

 と言うと、今度は山椒畑を迂回して蛭人間の渦の外に向かって行った。

 そしてそこでひとしきり暴れると再び屋根に戻って来て、

「だいぶ減ったね」

 蛭人間の群れを見渡しながら言った。

「これなら彼らだけで十分でしょ」

 屋根から見た限りでもユウさんがいうのが納得できた。
 
とにかくまめぞうさんがすごかった。

素手で改・ドラキュラやカーミラ・亜種を掴んでは振り回し、放り投げてぶつけて小爆発を起こせている。

一度に2体などざらで、その戦いぶりは魔神そのものだった。

クロエはといえば、目を瞑って棒きれを振り回しているだけだったけれど、さだきちさんと連携を取って、なんとか戦力にはなっているようだった。

そんな中、ユウさんがつぶてを投げて蛭人間の気をクロエから逸らしながら、

「もうし訳ないけど、行く末を見たいから」

助けようと思えばできるが、この状況に何の意味があるか知りたいのだと言った。

 あたしもクリエにはこらえて貰おうと思った。

このことにミユウに会いに行くヒントがあるかも知れないと思ったからだ。

 やがてあんなにいた蛭人間の群れが、十数体に減り、数体に減り、一匹になって、最後いなくなった。

公民館の前にいるのは血汚泥にまみれた、まめぞうさんとクロエとさだきちさんだけになった。

 クロエが二人のすきをついて逃げようとした。

するとさだきちさんがクロエの前に立ち塞がる。

また逃げる。立ち塞がる。また逃げる。立ち塞がる。

さだきちさんは、しまいにクロエに対して銀牙をむき出しにしてもとの場所に戻るように促した。

「どうやらまだ続きがあるみたい」

 ユウさんが言った。

「埋葬ですか?」

「いや、もしかしたらけちんぼ池に行くのかも」

 ゆうさんが歩き出した3人を指さして言った。

 まめぞうさんが、黒白の紐を持って座棺が乗った台車を曳いている。

さだきちさんもまめぞうさんの横に立って同じようにしている。

クロエは台車から棺桶が落ちないように押さえている。

 まめぞうさんとさだきちさんがけちんぼ池に連れて行くとしたら、それは夕霧だ。

ならばケサさんは夕霧なのだろうか?

「まあ、ついて行ってみよう」

 そう言うと、ユウさんは公民館の裏手側に降りてクロエたちを追いかける。

あたしもユウさんの後から付いて行く。

 山道は暗くぬかるんで歩きづらい。

そこに台車の轍ががっつりとついていた。

こんなところタイヤがあっても意味がなさそうだ。

それを必死で支えながら押しているクロエ。

いったい何を思っているのかだろう。

できたばかりの記憶の糸に触れてみる。

 それはクロエらしかった。

「災難くらった。でも何でかやんなきゃなんない気する」

基本クロエは、自分の身に起こることは拒否らない人だった。

 森の入り口で振り返る。

クロエたちが去った四ツ辻は、何事もなかったかのように静まりかえっていた。

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