「辻沢ノーツ 39」

文字数 1,305文字

 日が落ちて漆黒の闇に包まれた森はパーカーでも寒いくらいだった。

一足歩むごとに地面を覆った朽葉がカサカサと鳴る。

ヘッドランプの灯りが届かない樹木の奥の暗黒から何かがこちらを見ているようで気持ちが悪い。

でも、すぐ後ろのユウはロングスリコギを杖にして歩きながら鼻歌を歌っている。

あたしが見ていることに気づくと、

「大丈夫。なんとかなるよ」

と言った。

ユウにそう言われると、ほんとにそんな気がしてくるから不思議だ。

頼りになる存在。

前を行く寸劇さんの背中はびっくりするほど巨大だが、頼りがいと言ったらユウのほうが数倍うえのような気がした。

「停止!」

寸劇さんが右手を上げて行進を停めた。

そしてその場にしゃがむと、地面に落ちていた布を拾い上げた。

「どうしました」

後方からサダムさんが寸劇さんに駆け寄って尋ねた。

「すでにやられた奴がいるらしい」

手にした布をサダムさんに渡した。

次に回ってきたそれを見てサーリフくんの喉が鳴るのが聞こえた。

その布は大きな力で引き千切られたもののようで相当量の血がこびりついていた。

元の持ち主は怪我で済んだのだろうか。それとも。

「警戒レベル5。防護隊形」

寸劇さんを先頭に、あたしとユウを中に、左後ろにサーリフくん、右にサダムさんという形になった。

「もし当団に危険が及んだ時は、あんたらを見捨てるが悪く思わんでくれ」

「オケ」

ユウが返事をする。

あたしのほうは水平リーベ棒が汗で滑りそうになるほど緊張しているのに、ユウは軽やかに肩にロングスリコギを担いで平気な顔をしている。

しばらく森の獣道のようなところを進んでいると、前に注意を向けたままの寸劇さんがユウに向かって言った。

「ユウギリさん。つかぬことを聞くが、君は青墓に何度か来たことがあるのかい?」

「ないよ。なんで?」

「いや、ないならいい。サダム、ユウギリさんの横に付いてくれ。彼女がオレの誘導から反れないように」

そうやって、30分くらいウロウロと森の中を彷徨った。

どこをどう歩いているのか、立ち止まった時に何度も地図を見せられたけど、あたしにはまったく分からない。

もし、はぐれて一人になったらと思うとどうにかなりそうだった。

進行方向の草むらがガサガサと鳴った。

旅団に緊張が走る。

次の瞬間、草むらから飛び出て来てライトに照らし出されたのは胴の長い小動物だった。

その小動物は目の前の道を横切ると、太い木にスルスルと登って行って見えなくなった。

ユウ以外のみんながそれを目で追ってしばしの間、呆けてたように立ち止まっていた。

「ハクビシンだ」

寸劇さんが口にした途端にみんなの緊張が一気に解けた。

そして、誰かの腹が鳴る音が聞こえた。

それでさらに虚脱してしまって、あたしが「もう」と言うと、サダムさんが突然笑いだした。

それにつられてサーリフくんが笑い。

あたしもなんだかおかしくなって、一緒に笑い出してしまった。

寸劇さんはそれをしばらく難しい顔をして見ていたけど、ガハっと言って肩を大きく揺すって笑い出した。

あたしたちはそのまま笑いが止まらなくなって、しばらくそこでヒーヒーとなっていた。

そんな中でも、ユウはすました顔をしていて、どこか別の世界に生きているようだった。
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