「書かれた辻沢 18」
文字数 2,364文字
鞠野先生と協議してミユウのことはクロエにはしばらく伏せておくことにした。
パジャマの少女とクロエの繋がりがはっきりするまでは様子を見た方がいいからだ。
幸いミユウのスマフォはあたしの手元にあるし、いざクロエと対面しなければならないときにはミユウに成り代わることもできる。
背景を気にすればリモートだって何とかなるだろう。こういう時にこそ発揮すべきが双子の属性なのだった。
それに強アイテムがもう一つ。
ミユウから預かっているカレー☆パンマンのパーカー。
洗濯したから温もりこそ残ってないけれど、着れば即座にミユウになれる気がした。
あたしはといえば、ここしばらくコテージに籠っていた。
クロエは順調に四ツ辻での調査を進めているみたいだし、次の潮時まで鬼子使いの任は、ほぼ停職状態だから。
それでミユウの残した資料を段ボールから引っ張り出して読んでみた。
『辻沢日記』はミユウが辻沢に来てから何をしていたかが綴られてあった。
それと随所にちりばめられたユウさんとの思い出。
ヒリヒリするような二人の関係がミユウの苦悩と共に語られてあった。
あたしは『日記』を読んで行くうち、双子なのにエニシが違うだけでこんなに差があることに驚きもし怖ろしくもなった。
それと同時にユウさんとミユウの、誰にも犯すことのできない強い絆。
あたしは少しだけミユウに嫉妬を感じて心が痛くなった。
ずっと半身で生きてきたことを思った。
いつもどこかにいる半身を探していた。
フィールドワークにハマったのも、それが原因の一つだった。
藤野の家はとても居心地のよい場所だったと思う。
養父母はあたしを愛してくれたし望むものは何でも授けてくれた。
でも、あたしは何故かいつもお尻がムズムズしていて表に飛び出したくなっていた。
いや、きっちり飛び出していた。
小学生の間は、学校から帰るとランドセルを玄関に投げ捨てて出掛け、夕方暗くなるまでずっと近所の公園を転々として遊び続けていた。
そのころはまだ目の前に見えるおかしな糸のことなど気にせず、普通に遊具で遊んでいた。
シーソーで一人バランスを取ったり、ブランコ飛びでひねり技を試したり、砂場で背泳ぎの練習をしたり。
ある夕暮れ、あたしはいつものように一人で公園にいて、ウンテイの逆ぶら下がり記録を更新しようとしていた。
そこに養母が懐中電灯を手に迎えに来た。
「ミユキちゃん。帰ろう」
と優しく声を掛けてくれる養母。
あたしは、まだ遊び足りない思いを押さえながら不満いっぱいで帰路に就く。
そこで急に養母が振り向いてあたしに聞いた。
「ミユキちゃんは藤野の家が好き?」
「うん。大好きだよ」
その時、あたしは返事にすこし間を置いてしまった。
すると母は、
「そう。よかった」
と言ったけれど、とても悲しい顔をしたのだった。
でもそれが何故なのか当時のあたしにはまったく分からなかった。
あの時、あたしがもっと養母父の心に寄り添うことが出来ていたらと思う。
あたしにはそれが出来る能力があったのにそれに気付くことすらしなかった。
今ならそう思えるが、その頃のあたしには養父母のことなど考える余裕がなかった。
あたしは幼すぎたのだ。
中学生になって、あたしの外出もだんだん距離がでるようになった。
記憶の糸を読むことが楽しくなって来たころだ。
初めのうちは隣の駅のショッピングモールだったが、藤野の家のあるN市の中をあちこち出歩くようになってきていた。
そこでは楽しそうな他人の記憶の糸をかたっぱしから読んでまわっていた。
とにかく自分に関わりの無い他人の記憶の糸ほど面白いものはないのだ。
時に夢中になりすぎて夜中に一人で路傍に佇んでいたなんていうこともあった。
それはさすがにまずいと思って場所を選ぶようにした。
ファミリー層が来るショッピングモールの、プリクラが置いてあって女子がいやすいゲームセンターや長居しても追い出されないフードコートなどだ。
とにかく屋根がある場所がよかった。
夕立が降っているのに読むのに夢中になってびしょ濡れ、とかがないからだ。
そんなあるとき、あたしは興味深い記憶の糸に出くわした。
それは、その場所に来て、人に話しかけ、何かをメモして帰る。時には、ビデオを撮りICレコーダーに記録する。
その記憶の糸に刻まれていたフィールドワークという言葉になじみは無かったけれど、あたしはとても興味をそそられた。
何故ならその記憶の人がしていることは、あたしとまったく同じことだ感じたからだ。
違うのは人の話すことを聞くか、記憶の糸を読むかの違いだけ。
人にいちいち聞かなければその場所の持つ記憶がわからないというのは、あたしからするとなんと面倒なことだと思ったが、同時にあたしがこれをしたらどうだろうという考えに行き着いた。
そして本を買い、ネットで調べてこのフィールドワークという作業の勉強をするようになったのだった。
そこで思ってもいなかったことが一つ。
フィールドワークが養母に外出の説明をするのにとても役に立ったことだ。
それまでは出掛けるといえばショッピングモールやゲームセンターだったので、古い人間の養母をとても不安にさせていたようだった。
それがフィールドなんとかという社会科の延長のようなことを真面目にやるようになったと喜んでくれるようになったのだ。
あたしがデジカメや野帳をショルダーバグに詰めて、
「フィールドワークしてくるね」
と言えば、養母はあたしの大好きな塩にぎりとスカンポティーを持たせて笑顔で送り出してくれた。
夜が遅いことが多くても心配はしたようだが、行くなとはならなかった。
……いけない。
ミユウの『日記』に引きづられて過去に想いを馳せてしまった。
あたしは前を向かなければいけなかったんだ。
まず、連絡しようとしてたことから始めよう。
パジャマの少女とクロエの繋がりがはっきりするまでは様子を見た方がいいからだ。
幸いミユウのスマフォはあたしの手元にあるし、いざクロエと対面しなければならないときにはミユウに成り代わることもできる。
背景を気にすればリモートだって何とかなるだろう。こういう時にこそ発揮すべきが双子の属性なのだった。
それに強アイテムがもう一つ。
ミユウから預かっているカレー☆パンマンのパーカー。
洗濯したから温もりこそ残ってないけれど、着れば即座にミユウになれる気がした。
あたしはといえば、ここしばらくコテージに籠っていた。
クロエは順調に四ツ辻での調査を進めているみたいだし、次の潮時まで鬼子使いの任は、ほぼ停職状態だから。
それでミユウの残した資料を段ボールから引っ張り出して読んでみた。
『辻沢日記』はミユウが辻沢に来てから何をしていたかが綴られてあった。
それと随所にちりばめられたユウさんとの思い出。
ヒリヒリするような二人の関係がミユウの苦悩と共に語られてあった。
あたしは『日記』を読んで行くうち、双子なのにエニシが違うだけでこんなに差があることに驚きもし怖ろしくもなった。
それと同時にユウさんとミユウの、誰にも犯すことのできない強い絆。
あたしは少しだけミユウに嫉妬を感じて心が痛くなった。
ずっと半身で生きてきたことを思った。
いつもどこかにいる半身を探していた。
フィールドワークにハマったのも、それが原因の一つだった。
藤野の家はとても居心地のよい場所だったと思う。
養父母はあたしを愛してくれたし望むものは何でも授けてくれた。
でも、あたしは何故かいつもお尻がムズムズしていて表に飛び出したくなっていた。
いや、きっちり飛び出していた。
小学生の間は、学校から帰るとランドセルを玄関に投げ捨てて出掛け、夕方暗くなるまでずっと近所の公園を転々として遊び続けていた。
そのころはまだ目の前に見えるおかしな糸のことなど気にせず、普通に遊具で遊んでいた。
シーソーで一人バランスを取ったり、ブランコ飛びでひねり技を試したり、砂場で背泳ぎの練習をしたり。
ある夕暮れ、あたしはいつものように一人で公園にいて、ウンテイの逆ぶら下がり記録を更新しようとしていた。
そこに養母が懐中電灯を手に迎えに来た。
「ミユキちゃん。帰ろう」
と優しく声を掛けてくれる養母。
あたしは、まだ遊び足りない思いを押さえながら不満いっぱいで帰路に就く。
そこで急に養母が振り向いてあたしに聞いた。
「ミユキちゃんは藤野の家が好き?」
「うん。大好きだよ」
その時、あたしは返事にすこし間を置いてしまった。
すると母は、
「そう。よかった」
と言ったけれど、とても悲しい顔をしたのだった。
でもそれが何故なのか当時のあたしにはまったく分からなかった。
あの時、あたしがもっと養母父の心に寄り添うことが出来ていたらと思う。
あたしにはそれが出来る能力があったのにそれに気付くことすらしなかった。
今ならそう思えるが、その頃のあたしには養父母のことなど考える余裕がなかった。
あたしは幼すぎたのだ。
中学生になって、あたしの外出もだんだん距離がでるようになった。
記憶の糸を読むことが楽しくなって来たころだ。
初めのうちは隣の駅のショッピングモールだったが、藤野の家のあるN市の中をあちこち出歩くようになってきていた。
そこでは楽しそうな他人の記憶の糸をかたっぱしから読んでまわっていた。
とにかく自分に関わりの無い他人の記憶の糸ほど面白いものはないのだ。
時に夢中になりすぎて夜中に一人で路傍に佇んでいたなんていうこともあった。
それはさすがにまずいと思って場所を選ぶようにした。
ファミリー層が来るショッピングモールの、プリクラが置いてあって女子がいやすいゲームセンターや長居しても追い出されないフードコートなどだ。
とにかく屋根がある場所がよかった。
夕立が降っているのに読むのに夢中になってびしょ濡れ、とかがないからだ。
そんなあるとき、あたしは興味深い記憶の糸に出くわした。
それは、その場所に来て、人に話しかけ、何かをメモして帰る。時には、ビデオを撮りICレコーダーに記録する。
その記憶の糸に刻まれていたフィールドワークという言葉になじみは無かったけれど、あたしはとても興味をそそられた。
何故ならその記憶の人がしていることは、あたしとまったく同じことだ感じたからだ。
違うのは人の話すことを聞くか、記憶の糸を読むかの違いだけ。
人にいちいち聞かなければその場所の持つ記憶がわからないというのは、あたしからするとなんと面倒なことだと思ったが、同時にあたしがこれをしたらどうだろうという考えに行き着いた。
そして本を買い、ネットで調べてこのフィールドワークという作業の勉強をするようになったのだった。
そこで思ってもいなかったことが一つ。
フィールドワークが養母に外出の説明をするのにとても役に立ったことだ。
それまでは出掛けるといえばショッピングモールやゲームセンターだったので、古い人間の養母をとても不安にさせていたようだった。
それがフィールドなんとかという社会科の延長のようなことを真面目にやるようになったと喜んでくれるようになったのだ。
あたしがデジカメや野帳をショルダーバグに詰めて、
「フィールドワークしてくるね」
と言えば、養母はあたしの大好きな塩にぎりとスカンポティーを持たせて笑顔で送り出してくれた。
夜が遅いことが多くても心配はしたようだが、行くなとはならなかった。
……いけない。
ミユウの『日記』に引きづられて過去に想いを馳せてしまった。
あたしは前を向かなければいけなかったんだ。
まず、連絡しようとしてたことから始めよう。