「辻沢ノーツ 19」

文字数 1,856文字

 すでに陽も沈みかけ、さわやかな風が日中の暑さを町から押しのけ始めていた。

通りは提灯や露店の灯りがともり、たくさんの人で賑わい、祭りの喧騒が街中に溢れつつあった。

あたしたちは、宮木野神社に向かう人の流れに付いて行く。

露店にならんでいるカレー☆パンマンのお面にくぎ付けになってるのはミヤミユだ。

ミヤミユは、カレー☆パンマンのぬいぐるみを抱いて寝るほど大好きで、どこへ行ってもグッズを見つけると動かなくなる。

アン☆パンマンでも、ショク☆パンマンでもなくカレー☆パンマンというところがミヤミユらしいんだけど。

どうしてなのかは知らない。

サキが、ミヤミユのタキシードの背中の羽根を引っ張ってようやく露店から引き離したけれど、別の店でカレー☆パンマンの黄色いパーカーを見つけてまた動かなくなった。

カレー☆パンマンの顔がいっぱいプリントしてあるやつだ。結局粘って消費税分値切って購入。

にこにこしてる。

「事前調査どこ行った。……それな」

サキはずっとスマホだから一人突っ込み。

「あの人たちのヴァンパイアコス気合入ってる。写真撮らせてもらって来る」

ミヤミユがゴールドとシルバーのコスチュームに黒赤のマントをした2人組みを見付けて走りだした。

追いかけたけどすぐに人ごみに紛れて見失う。

サキと二人きりになった。

サキはスマホを見ながら、時々顔を上げて人ごみに目を走らせている。

何かを探している風だ。

ビービービー!

突然、サキのスマホがけたたましい音を響かせる。

同時にそこら中で警報音が鳴っている。

その音に驚いた他の人たちで辺りは騒然となる。

「プッシュ来た。やっぱりここら張っててよかった」

「何?」

「よっしゃ、ゲット!」「ちくしょー、取られた」「急げ! 逃すな」「いるぞー! こっちだ」

あちらこちらから叫び声が上がる。

人ごみが異様なざわめきに包まれる。

サキが手にした長いものの包装紙を破いた。

中に入っていたのは木刀で、

「何してるの?」

と聞くと、それをサムライのように上段に構えて、

「じゃ」

とサキは奇声を上げて人ごみに駆け込んで行った。

警報が止み、再び祭の雰囲気が辺りを包む。

何だったの? 今の。

とりあえず、またぼっち。

しかたないから一人で宮木野神社に行って、御神輿でも観てこようかな。

ほとんどの女子がヴァンパイアコスしているのに、高校生くらいの子たちが例の女バスの格好をしているのを目にした。

売れてるって聞いて半信半疑だったけど、ホントに多い。

なぜと思った時が調査の始まりっていうのは、鞠野先生の言葉だ。

意を決して、通りかかった女バス捕まえてインタビュー。て、思って近づいたら、睨まれた。

やっぱりいきなりインタビューていうのは勇気いるな。

 宮木野神社の本殿間近の参道。ミヤミユもサキもどこに行ったのかな。

メッセージっと。

「ドナドナーズ:
   クロ(みんなどこ?)
   ミヤ(ゴメン、志野婦神社w)
   クロ(そっち行く)
   ミヤ(よくない? そろそろホテル帰るし サキは?)
   サキ(取り込み中)
   ミヤ(じゃ、ホテルで)
   クロ(りょ)
   サキ(おk)」

「すみません。これ下さい」

露店のお面屋さんでカレー☆パンマンのお面買った。

ミヤミユにお土産。

めっちゃ欲しげだったから。

あれ、いま露店の後ろの暗がりを誰か走り抜けた。

狭いとこすごいスピードで。

白い服着てた。

本殿のほうに行ったけど。

なんだろう。

イベントでも始まるのかな。

でもそんな雰囲気じゃないし。

「火事だ!」

声がした方を見ると本殿横の大銀杏の下で火柱が立っていた。

近づいて見ると驚いた。

炎の中に人の影がある。

誰かの悲鳴が上がる。

「人だ」

「人が燃えてるぞ」

強烈な青い光が境内を照らす。

露店のお兄さんが上着を脱いで炎を叩こうとしてるけど、火の勢いが強すぎる。

「誰か、消火器もってこい!」

人だかりが銀杏の周りに押し寄せて来る。

手に手にスマフォを構えている。

こんな時に撮影って・・・・。

「危ないって、押すなって」

「はやくしろ、窒息するぞ!」

「手水の水を」

火は勢いを増すかと思ったけど、そうならないで次第に火柱が小さくなって、青い光が弱まってゆき、最後は自然に鎮火した。

火が消えた跡を恐る恐る見た。

想像とは違って、そこに人の形はなかった。

地面にうっすらと煤の跡だけが残っているだけだった。

ざわめきが周囲にさざ波のように広がってゆく。

「ヴァンパイアだ」

だれかのささやく声が聞こえた。

急に沈黙があたりを支配した。

そしてその沈黙は人だかりが次第に解けるとともに、再び祭の喧騒に呑込まれていった。
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