「書かれた辻沢 113」
文字数 1,808文字
このあたりにいた最後のひだるさまを仕留めて戻ってきたユウさんは、左の二の腕に裂傷を負っていた。
その傷はすぐに消えたけれど、ラストの敵は多くのひだるさまを排除してきた猛者だけあって手ごわかったのだ。
「やっぱりミユウはこの手からすり抜けて行ったよ」
と怪我のことなどまったく気にする様子もなく、ユウさんは青墓の暗闇を見つめて言った。
「少し休みますか?」
とまひるさんがユウさんの疲労具合を心配して言ったが、ユウさんは、
「いや、先に進もう。ミユキ、どっちへ行けばいい?」
と言った。
あたしは急ぎ記憶の糸を探したのだったが、このあたりのものは数筋に縒り合されて極端に減ってきていた。
その中の一番はっきりと見える糸の束に触れてみた。
それはあたしのものだったが、今までのようにおぼろげな感じはまったくなく、まさにあたし自身のものに違いなかった。
しかし、それは普段読むものと少し違った。
というのも、そこに刻まれた記憶は「今ここ」でなく、少し先の未来を紡ぎつつあったからだ。
その記憶によると、あたしたちはさらに青墓の杜の奥に進んで新たなひだるさまと戦っていた。
「北に向かってください。小山の方角です」
前を歩き出した3人の足取りが重そうだった。
3人とも最強のひだるさまの、その中の猛者を相手に戦って、さすがに体力を削られまくっているようだった。
せめてクロエがユウさんたちのように戦えたらと思うけれど、クロエの発現を制御できるほどあたしは鬼子使いとしてのスキルは高くないのだ。
何とか力になりたいけれど、結局あたしはみんなを導く以外に術がないのが悔しかった。
ここにいるのがあたしでなくてミユウだったらと思う。
ミユウはユウさんの発現を抑えることができた。ならば自在に操ることだってできたかもしれない。
ふと前を見ると、落葉の道の先にミユウが立っていた。
ユウさんも、まひるさんも、アレクセイも、クロエもどこかに行って、この一本道にいるのはミユウとあたしだけになっていた。
「ミユウ、今どこにいるの?」
ミユウはあたしの声が聞こえないのか、首をかしげて返事をしなかった。
「どうしてあたしたちから逃げるの? ユウさん、ミユウを迎えに来たんだよ」
それにも答えることはなかった。まるで夢から抜けきらないような顔をしていた。
「ミユウはあたしたちに会いたくないの?」
ミユウは頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
あたしはミユウの所に駆け寄ろうとしたけれど、足が思うように前に動かなくなっていた。
足元を見ると地面から土気色の手が出ていて、あたしの足首をつかんでいた。
そしてその手には薬指がなかった。
それは屍人のミユウの右手だった。
屍人のミユウがあたしをその場に捉えて放さなかったのだ。
「ミユウ。この手を放して! でないとあなたを解き放てない」
と叫んだけれど、ミユウはうずくまったまま首を振るばかりだった。
「ミユキ!」
「ミユキ様!」
「フジミユ! そっちじゃないよ。こっちだから!」
遠くからあたしを呼ぶ声が聞こえた。
あたしは一本道から急激にひきはなされた。
気づくとあたしはクロエの腕に抱かれてみんなの輪の中にいた。
「あたし……」
「急に倒れちゃったんだよ」
何が起こったか理解しようとあたりを見回した。
近くの下草のもとに見慣れない細くて赤い糸が見えた。
手を伸ばして触れてみると、それはミユウの記憶の糸だった。
あたしはまた不用意に記憶の糸に触れて、引き込まれてしまったようだった。
ただ、その記憶の糸は今までのものとはどこか違うように感じた。
これは本当のミユウの記憶の糸だと、今ここにいるミユウの記憶が刻まれていると感じたのだった。
「本当のミユウがこの道を通ったみたいです」
そう言うと、ユウさんが、
「やっぱりそうか。手をすり抜けたミユウがこっちに行くのを見た気がしたんだ」
と言った。
「あたしもそう感じました。この道で間違いないのでは?」
とまひるさんが言うと、アレクセイも、
「僕も、同意する」
と言ったのだった。
それは、初めてみんなが青墓にいるミユウの存在を感じた瞬間だった。
「ずるいよ。あたしだけハブなんて」
と言うクロエもとっても嬉しそうだった。
再び歩き出したとき、クロエに聞いてみた。
「さっきさ。あっちだこっちだって言ってたでしょ。あれ何?」
「フジミユが三途の川を渡っちゃうんじゃないかって。だから」
勝手に人を死なせるな。
その傷はすぐに消えたけれど、ラストの敵は多くのひだるさまを排除してきた猛者だけあって手ごわかったのだ。
「やっぱりミユウはこの手からすり抜けて行ったよ」
と怪我のことなどまったく気にする様子もなく、ユウさんは青墓の暗闇を見つめて言った。
「少し休みますか?」
とまひるさんがユウさんの疲労具合を心配して言ったが、ユウさんは、
「いや、先に進もう。ミユキ、どっちへ行けばいい?」
と言った。
あたしは急ぎ記憶の糸を探したのだったが、このあたりのものは数筋に縒り合されて極端に減ってきていた。
その中の一番はっきりと見える糸の束に触れてみた。
それはあたしのものだったが、今までのようにおぼろげな感じはまったくなく、まさにあたし自身のものに違いなかった。
しかし、それは普段読むものと少し違った。
というのも、そこに刻まれた記憶は「今ここ」でなく、少し先の未来を紡ぎつつあったからだ。
その記憶によると、あたしたちはさらに青墓の杜の奥に進んで新たなひだるさまと戦っていた。
「北に向かってください。小山の方角です」
前を歩き出した3人の足取りが重そうだった。
3人とも最強のひだるさまの、その中の猛者を相手に戦って、さすがに体力を削られまくっているようだった。
せめてクロエがユウさんたちのように戦えたらと思うけれど、クロエの発現を制御できるほどあたしは鬼子使いとしてのスキルは高くないのだ。
何とか力になりたいけれど、結局あたしはみんなを導く以外に術がないのが悔しかった。
ここにいるのがあたしでなくてミユウだったらと思う。
ミユウはユウさんの発現を抑えることができた。ならば自在に操ることだってできたかもしれない。
ふと前を見ると、落葉の道の先にミユウが立っていた。
ユウさんも、まひるさんも、アレクセイも、クロエもどこかに行って、この一本道にいるのはミユウとあたしだけになっていた。
「ミユウ、今どこにいるの?」
ミユウはあたしの声が聞こえないのか、首をかしげて返事をしなかった。
「どうしてあたしたちから逃げるの? ユウさん、ミユウを迎えに来たんだよ」
それにも答えることはなかった。まるで夢から抜けきらないような顔をしていた。
「ミユウはあたしたちに会いたくないの?」
ミユウは頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
あたしはミユウの所に駆け寄ろうとしたけれど、足が思うように前に動かなくなっていた。
足元を見ると地面から土気色の手が出ていて、あたしの足首をつかんでいた。
そしてその手には薬指がなかった。
それは屍人のミユウの右手だった。
屍人のミユウがあたしをその場に捉えて放さなかったのだ。
「ミユウ。この手を放して! でないとあなたを解き放てない」
と叫んだけれど、ミユウはうずくまったまま首を振るばかりだった。
「ミユキ!」
「ミユキ様!」
「フジミユ! そっちじゃないよ。こっちだから!」
遠くからあたしを呼ぶ声が聞こえた。
あたしは一本道から急激にひきはなされた。
気づくとあたしはクロエの腕に抱かれてみんなの輪の中にいた。
「あたし……」
「急に倒れちゃったんだよ」
何が起こったか理解しようとあたりを見回した。
近くの下草のもとに見慣れない細くて赤い糸が見えた。
手を伸ばして触れてみると、それはミユウの記憶の糸だった。
あたしはまた不用意に記憶の糸に触れて、引き込まれてしまったようだった。
ただ、その記憶の糸は今までのものとはどこか違うように感じた。
これは本当のミユウの記憶の糸だと、今ここにいるミユウの記憶が刻まれていると感じたのだった。
「本当のミユウがこの道を通ったみたいです」
そう言うと、ユウさんが、
「やっぱりそうか。手をすり抜けたミユウがこっちに行くのを見た気がしたんだ」
と言った。
「あたしもそう感じました。この道で間違いないのでは?」
とまひるさんが言うと、アレクセイも、
「僕も、同意する」
と言ったのだった。
それは、初めてみんなが青墓にいるミユウの存在を感じた瞬間だった。
「ずるいよ。あたしだけハブなんて」
と言うクロエもとっても嬉しそうだった。
再び歩き出したとき、クロエに聞いてみた。
「さっきさ。あっちだこっちだって言ってたでしょ。あれ何?」
「フジミユが三途の川を渡っちゃうんじゃないかって。だから」
勝手に人を死なせるな。