「辻沢日記 40」

文字数 1,654文字

 バスが青墓の杜に近づいて来た。

すでに日が昇りきったのに窓の外の森は黒々として光を拒むようだった。

バスの乗客もあたしたち以外はすでにサバゲースタイルの人だけのよう。

皆これからゲームをしにいくというのに陰鬱な表情をしている。

そんなに嫌ならなんで行くの? 良く分からない心理だ。

〈次は青墓北堺です。ちょっと待て、危ないにも程がある。お降りの方は命の落とし物をしないようお戻りください〉

(ゴリゴリーン)

 え? ユウなんで? 降りるサバゲーの流れに乗ってユウが出口に向かい始めていた。

「ちょっと用事できた。帰りはボクが行くまで待ってて」

 そう言うと、あの大男の後ろについてバスを降りてしまった。

「夕方には戻るから」

 と車外のユウの口がそう言っているようだった。

ついて行くべきだったかな。

 扉が閉まると、乗客はあたし一人になっていた。

ワインディングロードを行くバスは、ずっとエンジンを吹かす音ばかりしている。

外は相変わらずの雨。

窓の外はすべて灰色の景色だった。

沿道に杉木立が目立ち始めてしばらくして、

〈次は峠の茶屋坂下です。茶屋まであと少し。なのに腰を下ろすは物好きか〉

 この先行っても峠の茶屋なんてないのに。

 (ゴリゴリーン)

 バスを降りると雨のせいで肌寒かった。

もう一つなにか羽織って来るべきだったかも。

 鬼子神社に向かう道は作業林道のようで人が一人通れるぐらいの道幅だ。

植えて間もない若木が道脇に迫っていてドンキの店内のように圧迫感がある。

その根元に羽化したばかりの無数の蝉が留まっていて、それらがあたしの足音にびっくりしてジジッと短く鳴きながら飛び立ってゆく。

まるであたしが彼らの旅立ちを後押ししているようで、少しだけ気分が明るくなった。

 鬼子神社のすり鉢を見下ろすところまできた。

なるほどすり鉢の底は水浸しだった。

境内まで降りて濡れないように裾をまくり上げ裸足になって浸かると、ひざ下数センチのところまで水が来ていた。

ユウには実測すると言ったけど、これではやはり無理だ。

 とりあえず荷物を置くために社殿に入る。

何もしないで帰るのも癪だしどこか実測し残したところがないか探した。

社殿の目に入るところは昨日のうちにユウと二人で測り終わっている。

となると天井裏。

天井裏はユウが住んでるくらいだから、虫とかネズミはいないだろうから実測しようと思えば一人でもいけそうだけど、また別の問題がある。

やはりそこはユウの部屋なわけで、無断で上がらせてもらうのも気が引けた。

社殿の中を見回してみる。

奥の間の手すり。

そうだ階下があった。あるの? 

それは床を外してみなければ分からない。

 手すりのところに行って床を細かく見てみた。

床に他とは色が違う板を嵌めてあるのは昨日確認してあった。

釘で打ち付けてあるがそれも新しい。

何か梃になるものを境内に出て探してみる。

 外の雨は小降りになっていて、傘を差さなくてもいられそうだった。

裸足のまま水に入る。

茂みのほうに木切れでもないか探す。

石畳の所は冷たいけれど歩きやすかったが、土の地面だったところに歩を進めると、ぬかるんでて泥が足の指の間をにゅるにゅると刺激する。

意外とそれが気持ちよくって、泥になっているところをわざと歩きまわって見る。

あたしが歩いた後の水が黄土色に濁って、まるで大型船が通ったような勇ましい曳き波ができている。

梃子になるものを探すという第一の目的をわすれて、境内中を曳き波を引き連れて歩き回っていると、いよいよ水面のほとんどが黄土色になっていた。

何もしてないのに、一仕事した後のような達成感に満たされながら社殿に戻ろうとすると、何故だか黄土色の中に澄んだ箇所ある。

たしかその場所もさっき歩いたはずなのに、水が澄むには少し早いような。

近づいてみるとそこは水が動いていて、どんどん周りの濁りを押し分けているようだった。

足で水底を探ると足裏をくすぐられる感覚がある。

どうやら水が湧き出ているらしい。

周りを見ると、それはそこだけでなく点々と列をなして並んでいた。

なんだろ、これ?
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