「辻沢日記 45」
文字数 1,839文字
懐中電灯で暗がりを照らして見えてきたのが、屋根を逆さにしたような空間だった。
湾曲した垂木が幾重にも並び、それを一本の太い棟木が貫く構造体だ。
そして棟木の先は階上に向かって反り返っていた。
今いるのは中二階のような空間で、おそらくここが最下層なのだ。
あたしが夢中で覗き込んでいるとユウが言った。
「何がビンゴ?」
「うん。思った通りだった」
「だから、何」
「あの真ん中の太い木材の先端はおそらく地上に出て鳥居に寄りかかってる」
「なるほどね。三本目の柱か」
階段がなかったので、用心して下の空間に降りた。
「ふーん。やっぱり空洞だったんだ」
ユウは何か知ってるようだった。
「ほら、こうやって足で踏むと、音が響くだろ」
その音はまるで鼓か何かを鳴らすような高い音だった。
それはこの空間が何もないからと言うのではなく、その下、この社殿の下から響いてくる音だった。
「前から、ここの地下に大きな空洞があるような気がしてたんだよね」
ユウはそのことを言っていたのだった。
「時々境内が水浸しになるけど、それって降った雨でなくって、この下の空洞のさらに下の方から湧き上がってくる感じなんだよね」
昨日トレースした噴出口を思い出した。
「ユウにも見て貰いたいのがあるんだけど」
あたしはユウに手伝ってもらって一旦最上階に戻った。
というのは、ユウは一蹴りで上の中二階に昇れたけど、あたしは無理だったから。
上から手を引いて貰ったのだ。
そうして戻ると、カバンの中から昨晩作図した図面の写しを出して床に広げた。
「これ社殿の上面図面なんだけど」
「あいかわらず変態なことしてんだな」
「変態はいいから、ここ見て。点が打ってあるでしょ」
ユウがあたしの書いた図面を覗き込んだ。
「ほら、これをこうしていくと」
あたしは鉛筆でその点と点を繋げる線を書き加える。
そして全てを繋げ終わると、ユウに向かって、
「船の形になるの」
と言ったのだった。
点と線を結んだ線はきれいに社殿を囲っていた。
おそらくは地下の構造体を避ける形で水が噴出したからこういう形になったのだ。
「この社殿は元は船で、船がそのまま地下に埋まってる。あの真ん中の太い木材は竜骨って言って船の背骨みたいなもの」
「この神社が船ってこと?」
あたしの興奮が止まらない。
「なるほど、で」
でもユウはいつも通りそっけない。
「この点は何かと言うとね」
説明を続けようとしたら、
「水が出てくる穴だろ」
「知ってたの?」
「ああ、水浸しになる前に社殿の周りの穴から水が勢いよく出てくる」
「そうなんだ」
「でも船の形になってるとは気づかなかった。ミユウはすごいな」
「ありがと」
ユウに褒められてすごく嬉しかった。子供だったら思いっきりハグしていただろう。
それから二人で、最下層の実測を行った。
実測して分かったのは形ばかりでなくって、ちゃんと水に浮く造りをしていることだった。
構造計算をしなければはっきりとは言えないが強度も十分そうだった。
「何でここに船があると思う?」
ユウが聞いてきた。
「夕霧物語となんか関係があるんじゃないかって」
昨晩あたしが噴出口のトレースをして船形を見出したとき、すぐに夕霧物語が頭をよぎった。
それから今の今まで物語を反芻しながらどうして思い出したかを考えていた。
「夕霧が最初に養生したのも神社だっでしょ。そこって周りは湿地帯で三本柱の鳥居があった」
夕霧たちは、山の中の打ち捨てられた神社でしばらくは世間が静まるのを待っていた。
そして遊行上人の助言に従ってその神社を後にする。
「ミユウってさ、夕霧物語のことどう思ってる?」
社殿の額絵を見上げる。
土車の上の夕霧の姿に思い当たるものがあった。
さらによく見ると土車は先端が船の舳先のようにもなっていた。
それであたしは四辻の葬式に思い至る。
出棺の仕方。そうだ、そうに違いない。
「お葬式だよ。四辻のお葬式」
「葬式?」
「四辻のお葬式見たことある?」
「あるよ」
「出棺の時、棺桶を何に乗せる?」
「台車だけど」
台車の装飾は船に象られてる。
それを三人の若い衆が曳いて墓場まで運んでゆく。
どんな坂道でも、ぬかるでいても絶対に台車から棺桶は降ろさない。
まるで土車から夕霧が決して離れないように。
「夕霧物語は夕霧の死出の旅で、四辻の葬式の謂れを説いてるんだよ」
そう考えると遊行上人の役割もはっきりする。
遊行上人は鬼子神社で夕霧に「引導」を渡したんだ。
お坊さんがお葬式でそうするように。
それを考えついて、あたしはまっとうな解釈ができたと自負した。
湾曲した垂木が幾重にも並び、それを一本の太い棟木が貫く構造体だ。
そして棟木の先は階上に向かって反り返っていた。
今いるのは中二階のような空間で、おそらくここが最下層なのだ。
あたしが夢中で覗き込んでいるとユウが言った。
「何がビンゴ?」
「うん。思った通りだった」
「だから、何」
「あの真ん中の太い木材の先端はおそらく地上に出て鳥居に寄りかかってる」
「なるほどね。三本目の柱か」
階段がなかったので、用心して下の空間に降りた。
「ふーん。やっぱり空洞だったんだ」
ユウは何か知ってるようだった。
「ほら、こうやって足で踏むと、音が響くだろ」
その音はまるで鼓か何かを鳴らすような高い音だった。
それはこの空間が何もないからと言うのではなく、その下、この社殿の下から響いてくる音だった。
「前から、ここの地下に大きな空洞があるような気がしてたんだよね」
ユウはそのことを言っていたのだった。
「時々境内が水浸しになるけど、それって降った雨でなくって、この下の空洞のさらに下の方から湧き上がってくる感じなんだよね」
昨日トレースした噴出口を思い出した。
「ユウにも見て貰いたいのがあるんだけど」
あたしはユウに手伝ってもらって一旦最上階に戻った。
というのは、ユウは一蹴りで上の中二階に昇れたけど、あたしは無理だったから。
上から手を引いて貰ったのだ。
そうして戻ると、カバンの中から昨晩作図した図面の写しを出して床に広げた。
「これ社殿の上面図面なんだけど」
「あいかわらず変態なことしてんだな」
「変態はいいから、ここ見て。点が打ってあるでしょ」
ユウがあたしの書いた図面を覗き込んだ。
「ほら、これをこうしていくと」
あたしは鉛筆でその点と点を繋げる線を書き加える。
そして全てを繋げ終わると、ユウに向かって、
「船の形になるの」
と言ったのだった。
点と線を結んだ線はきれいに社殿を囲っていた。
おそらくは地下の構造体を避ける形で水が噴出したからこういう形になったのだ。
「この社殿は元は船で、船がそのまま地下に埋まってる。あの真ん中の太い木材は竜骨って言って船の背骨みたいなもの」
「この神社が船ってこと?」
あたしの興奮が止まらない。
「なるほど、で」
でもユウはいつも通りそっけない。
「この点は何かと言うとね」
説明を続けようとしたら、
「水が出てくる穴だろ」
「知ってたの?」
「ああ、水浸しになる前に社殿の周りの穴から水が勢いよく出てくる」
「そうなんだ」
「でも船の形になってるとは気づかなかった。ミユウはすごいな」
「ありがと」
ユウに褒められてすごく嬉しかった。子供だったら思いっきりハグしていただろう。
それから二人で、最下層の実測を行った。
実測して分かったのは形ばかりでなくって、ちゃんと水に浮く造りをしていることだった。
構造計算をしなければはっきりとは言えないが強度も十分そうだった。
「何でここに船があると思う?」
ユウが聞いてきた。
「夕霧物語となんか関係があるんじゃないかって」
昨晩あたしが噴出口のトレースをして船形を見出したとき、すぐに夕霧物語が頭をよぎった。
それから今の今まで物語を反芻しながらどうして思い出したかを考えていた。
「夕霧が最初に養生したのも神社だっでしょ。そこって周りは湿地帯で三本柱の鳥居があった」
夕霧たちは、山の中の打ち捨てられた神社でしばらくは世間が静まるのを待っていた。
そして遊行上人の助言に従ってその神社を後にする。
「ミユウってさ、夕霧物語のことどう思ってる?」
社殿の額絵を見上げる。
土車の上の夕霧の姿に思い当たるものがあった。
さらによく見ると土車は先端が船の舳先のようにもなっていた。
それであたしは四辻の葬式に思い至る。
出棺の仕方。そうだ、そうに違いない。
「お葬式だよ。四辻のお葬式」
「葬式?」
「四辻のお葬式見たことある?」
「あるよ」
「出棺の時、棺桶を何に乗せる?」
「台車だけど」
台車の装飾は船に象られてる。
それを三人の若い衆が曳いて墓場まで運んでゆく。
どんな坂道でも、ぬかるでいても絶対に台車から棺桶は降ろさない。
まるで土車から夕霧が決して離れないように。
「夕霧物語は夕霧の死出の旅で、四辻の葬式の謂れを説いてるんだよ」
そう考えると遊行上人の役割もはっきりする。
遊行上人は鬼子神社で夕霧に「引導」を渡したんだ。
お坊さんがお葬式でそうするように。
それを考えついて、あたしはまっとうな解釈ができたと自負した。