「書かれた辻沢 112」

文字数 1,621文字

「ひだるさまがゲームみたくアイテムドロップして消え失せてくれればいいのに」

クロエが言った。

その足下にはユウさんが仕留めたひだるさまが血汚泥を吹き出させていた。

 ひだるさまはアイテムをドロップしないし綺麗に消え失せたりはしない。

黒木刀で突けば悶絶しながら血汚泥を吹き出し、倒れた後は異臭を放つ血汚泥と化し青墓の地を流れて行くのだった。

 死屍累々、敵を殲滅して血汚泥を溢れさせてゆくのは、ユウさん、まひるさん、アレクセイだ。

 3人は目の前のひだるさまを簡単に滅殺しているように見えるけれど、相手にしているのは自分自身でもあるので実力は伯仲、体力も消耗するし精神的にも影響しているのが後方のあたしにも分かった。

 誰かがひだるさまにトドメを刺したとき薬指のエニシの糸からそれが伝わってきた。

体全体にぞくぞくと怖気が走る時があったのだ。

 戦えないあたしは、どうしても3人の背後に隠れて付いてゆくのだった。

それでも前衛の攻撃をすり抜けて襲ってきたり、藪の中から直接襲いかかられた時は、クロエに借りた黒木刀で一太刀喰らわせもする。

しかし相手は最強のひだるさまだ。

あたしにはどうしようもない時がほとんどで、たいがいクロエが体の一部を発現させて助けてくれた。

 クロエは完全に発現したら何するか分からないからとあたしの手を握り続けていて、前衛の3人のように縦横無尽に戦うことはできないでいる。

5人全員が完全ならもっと楽に戦えるのだろうのに。

「あそこ、ギョフられてるし」

クロエが面白いものを見たように言った。

「ギョフ?」

「漁夫の利っていうでしょ。強いやつ同士に戦わせて弱ったところを横どりするやつ」

マルチユーザーで戦うバトロワでよく目にする光景なのだそうだ。

そういうことが起こっているのも、ひだるさま全てがあたしたちだけを目指している訳でない証拠だった。

「イモってる連中もきっといますね」

と目の前のひだるさまを縦切りにしてまひるさんが振り向いて言った。

「イモる。戦わないで陰で様子見をして最後にうまい汁吸おうって輩のこと」

すかさずクロエの注釈が入る。

 しかし、言い方よ。よっぽど嫌われてるようだ。

窪地で出会ったあたしたちに構成がそっくりなひだるさまを思い出した。

あの慎重さはイモる輩に通じていそうだった。

 ならばこうして先頭を切って戦うほうが不利なのじゃないだろうか。

怪我や死のリスクが高くなる。

「少し引いたほうがいいんじゃないですか?」

あたしが後方から声を掛けるとユウさんが、

「背中を見せたらやられる。攻勢に出たら最後まで戦い続けるのがセオリー」

そういうものかと思った。 

 それでも戦っていくうちに、見た限りのフィールドのひだるさまはまばらになってきた。

ただこのローカルなエリアだけの話で青墓全体の状況はまったく分からないままだったが。

「あれをやればこのエリア、クリアだ」

ユウさんが言った。

「あの中にミユウ様がいるようですね」

まひるさんが手を額にかざしながら言った。

するとアレクセイが、

「今までもいたがな」

とつまらなさそうに言った。

外面がひだるさまなのにそれがアレクセイに分かるということが解せなかった。

ユウさんやまひるさんならまだしもだ。

「それ、どうしてわかるの?」

とあたしが聞くと、

「誰かはっきりとは分からないけど特別なひだるさまがいるんだよ」

アレクセイは、ほとんどのひだるさまは仕留めると何かがこっち側に「来る」けれど、特別なひだるさまの場合だけ向こうに「去る」という。

それがミユウだろうと言った。

「そうなんですか?」

ユウさんとまひるさんに聞いた。

ユウさんは、

「ミユウの場合だけこの手からすり抜けて行く感じはある」

まひるさんは、

「簡単にまつろわないと言ったらいいでしょうか?」

と言った。

 つまり、ミユウは追えば追うほど逃げて行くということらしかった。

するとクロエが、

「本当に欲しいものは、手に入らないものだから」

とまひるさんのことを見つめて言ったのだった。
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