「書かれた辻沢 110」
文字数 1,828文字
あたしは居心地が悪かったけれど、ここのみんなはあたしと合流できたことを素直に喜んでくれていた。
「ミユキが用意出来たら出発しよう」
ユウさんが言った。
「いよいよ、けちぼん池ですね」
とまひるさんが言った。唇の色が際立って赤かった。
アレクセイが近くの木の根元に置いてあった市女笠を取ってまひるさんに手渡した。
肝心のミユウは、農家の娘のような恰好と薬指があること以外に変わったところはなかった。
クロエがしきりにあたしに話しかけてくれる。けれどもそれはあたしのことを心配してではなく、あたしが何を考えているのかを探っているように感じた。
「クロエ。ちょっといいかな」
あたしはクロエを誘って、みんなから少し離れたところに移動しようとした。
「何? もう出発するんだよ」
クロエはしぶしぶついて来た。
みんなからは陰になって見えない藪の裏に来てから、
「やっぱり一緒に行けない」
とクロエに告げた。するととてもがっかりした様子で、
「どうしてそんなこと言うの?」
と言った。
「クロエも気づいているでしょ」
「何を」
そう言ったクロエの眉が少し引き攣った。
「あたしはあなたたちが探してるミユキじゃないってこと」
クロエがあたしの目を見て沈黙した。
あたしは少し怖くなった。
クロエの口の端が少し歪んだ。笑ったのだ。それは自嘲を含んでいそうな笑いだった。
「それがどうしたの? あたしたちはミユキを見つけた。そして今6人でけちぼん池に向かう。それで十分」
クロエがあたしの右手をつかんだ。
「逃がさない!」
物凄い力で握りしめる。
クロエの瞳が金色に変わった。見る見るうち顔が土気色になり、さらにその姿はひだるさまに、あたしが最初にぶつかったひだるさまの姿に変貌した。
あたしはその手を引き抜こうと必死に抵抗した。
しかしひだるさまの力は想像をはるかに超えて激烈だった。このままだとみんながいる広場に逆戻りだ。
向こうに4体のひだるさまが見えた。
一番前で強そうなのがユウさん、ひだるさまにしては上品にしているのがまひるさん。
半纏を着ていて小柄なのがアレクセイ。
そしてこっちに手を振っているのがミユウだろう。
あたしはひだるさまの一群に捉えられていたのだった。
このままではひだるさまにけちぼん池に連れてゆかれてしまう。
「クロエ! 助けて」
ひだるさまのクロエに言ったのではない。
あたしの半身。あたしの本当の仲間に向かって叫んだのだった。
「みーつけ」
突然藪の中から丸太のような腕が伸びてきて、ひだるさまの手首をつかんだ。
その手首をねじり上げると、
「フジミユを放せ」
と言った。その声はあたしのクロエだった。
ひだるさまの反対の手が急速に鎌爪に変化し、ごん太の腕を襲う。
その刹那、藪の中から腕の主が姿を表すと、鎌爪を素手で受け止めた。
現れたのは発現したクロエだった。
「助けに来たよ」
涙が出た。
でもクロエの戦いは火急を極めた。ひだるさまのユウさんが小競り合いに気づいてこっちに近づいて来たからだ。
クロエがひだるさまの腕に嚙みついた。
ひだるさまが歪んだ声を上げてあたしの手を放した。
「逃げるよ!」
クロエはそう言うとあたしを抱えて藪の中に飛び込んだのだった。
草いきれの風景を後ろにすっ飛ばしながらクロエが走る。
この速さならひだるさまも追いかけて来られないだろう。
藪を駆け抜けるクロエに抱かれてあたしは考えた。
あのひだるさまたちは青墓を彷徨って欠けた仲間を探していた。
あれはあたしを化かすための方便などではなかった。
ひだるさまに捉えられ、その立場に置かれて初めてそれを実感した。
以前、あたしたちにそっくりなひだるさまを見たときの問い。
「ひだるさまにとってあたしたちは何者なんだろう」
その答えは、
「あたしたちもまた、ひだるさま」
だと気づく。
「何言ってるの?」
ようやく爆速で走るのをやめたクロエが聞いてきた。
「うん。やっとわかったんだ。青墓のひだるさまが何者か」
あたしを地面に下ろしたクロエが、
「誰なの?」
息を落ちつけながら言った。
「あたしたち自身だよ。すべての時代、すべての次元に存在するあたしたち。少しづつ違うけれど確かにあたしたち自身なんだ。そのすべてがこの青墓で欠けた仲間を探して彷徨っているんだ」
そう口にした瞬間、周囲が静かになった。
風の音も、風に揺れる木々の音もなくなった。
青墓が沈黙していた。
それはまるで青墓が、あたしが言ったことに息をのんだかのようだった。
「ミユキが用意出来たら出発しよう」
ユウさんが言った。
「いよいよ、けちぼん池ですね」
とまひるさんが言った。唇の色が際立って赤かった。
アレクセイが近くの木の根元に置いてあった市女笠を取ってまひるさんに手渡した。
肝心のミユウは、農家の娘のような恰好と薬指があること以外に変わったところはなかった。
クロエがしきりにあたしに話しかけてくれる。けれどもそれはあたしのことを心配してではなく、あたしが何を考えているのかを探っているように感じた。
「クロエ。ちょっといいかな」
あたしはクロエを誘って、みんなから少し離れたところに移動しようとした。
「何? もう出発するんだよ」
クロエはしぶしぶついて来た。
みんなからは陰になって見えない藪の裏に来てから、
「やっぱり一緒に行けない」
とクロエに告げた。するととてもがっかりした様子で、
「どうしてそんなこと言うの?」
と言った。
「クロエも気づいているでしょ」
「何を」
そう言ったクロエの眉が少し引き攣った。
「あたしはあなたたちが探してるミユキじゃないってこと」
クロエがあたしの目を見て沈黙した。
あたしは少し怖くなった。
クロエの口の端が少し歪んだ。笑ったのだ。それは自嘲を含んでいそうな笑いだった。
「それがどうしたの? あたしたちはミユキを見つけた。そして今6人でけちぼん池に向かう。それで十分」
クロエがあたしの右手をつかんだ。
「逃がさない!」
物凄い力で握りしめる。
クロエの瞳が金色に変わった。見る見るうち顔が土気色になり、さらにその姿はひだるさまに、あたしが最初にぶつかったひだるさまの姿に変貌した。
あたしはその手を引き抜こうと必死に抵抗した。
しかしひだるさまの力は想像をはるかに超えて激烈だった。このままだとみんながいる広場に逆戻りだ。
向こうに4体のひだるさまが見えた。
一番前で強そうなのがユウさん、ひだるさまにしては上品にしているのがまひるさん。
半纏を着ていて小柄なのがアレクセイ。
そしてこっちに手を振っているのがミユウだろう。
あたしはひだるさまの一群に捉えられていたのだった。
このままではひだるさまにけちぼん池に連れてゆかれてしまう。
「クロエ! 助けて」
ひだるさまのクロエに言ったのではない。
あたしの半身。あたしの本当の仲間に向かって叫んだのだった。
「みーつけ」
突然藪の中から丸太のような腕が伸びてきて、ひだるさまの手首をつかんだ。
その手首をねじり上げると、
「フジミユを放せ」
と言った。その声はあたしのクロエだった。
ひだるさまの反対の手が急速に鎌爪に変化し、ごん太の腕を襲う。
その刹那、藪の中から腕の主が姿を表すと、鎌爪を素手で受け止めた。
現れたのは発現したクロエだった。
「助けに来たよ」
涙が出た。
でもクロエの戦いは火急を極めた。ひだるさまのユウさんが小競り合いに気づいてこっちに近づいて来たからだ。
クロエがひだるさまの腕に嚙みついた。
ひだるさまが歪んだ声を上げてあたしの手を放した。
「逃げるよ!」
クロエはそう言うとあたしを抱えて藪の中に飛び込んだのだった。
草いきれの風景を後ろにすっ飛ばしながらクロエが走る。
この速さならひだるさまも追いかけて来られないだろう。
藪を駆け抜けるクロエに抱かれてあたしは考えた。
あのひだるさまたちは青墓を彷徨って欠けた仲間を探していた。
あれはあたしを化かすための方便などではなかった。
ひだるさまに捉えられ、その立場に置かれて初めてそれを実感した。
以前、あたしたちにそっくりなひだるさまを見たときの問い。
「ひだるさまにとってあたしたちは何者なんだろう」
その答えは、
「あたしたちもまた、ひだるさま」
だと気づく。
「何言ってるの?」
ようやく爆速で走るのをやめたクロエが聞いてきた。
「うん。やっとわかったんだ。青墓のひだるさまが何者か」
あたしを地面に下ろしたクロエが、
「誰なの?」
息を落ちつけながら言った。
「あたしたち自身だよ。すべての時代、すべての次元に存在するあたしたち。少しづつ違うけれど確かにあたしたち自身なんだ。そのすべてがこの青墓で欠けた仲間を探して彷徨っているんだ」
そう口にした瞬間、周囲が静かになった。
風の音も、風に揺れる木々の音もなくなった。
青墓が沈黙していた。
それはまるで青墓が、あたしが言ったことに息をのんだかのようだった。