「書かれた辻沢　２３」

　朝起きると誰かがドアをノックしていた。

ベッドから抜け出して怒髪(ねぐせ)を撫でつけながら応対に出ると、

「ボク。開けて」

　扉を開けると早朝の緑の草木を背に、白パーカーにデニムの短パン姿でユウさんが立っていた。

「おはようございます」

　ユウさんは挨拶代わりに右手を小さく上げて、あたしの「どうぞ」よりも早く中に入って来ながら

「クロエって子のこと教えて」

　と用件を聞く前に言った。

「クロエが何かしましたか？」

　と心配になって聞いてみた。

「違うよ。気になるから会ってみようって」

　よかった。

　会う？　ユウさんとクロエが？

「ボクとそっくりなんだろ？」

「そうです。見分けがつかないほど」

　顔はもとより背恰好まで。

どちらも鬼子という点も同じだけど、かたやそれを自覚までしていて、かたや鬼子の存在すら知らない。

　こんな二人をぶつけて変な化学反応とか起きたりしないか？

せめて紫子さんに相談してからにしてほしかった。

それをユウさんに言ってみたが、

「大丈夫。会って一緒に『Ｒ』に参戦するだけだから」

　ユウさんの言うことに、あたしには全然ついて行けなかった。

なんでクロエと『Ｒ』しなきゃいけないの？　

「条件って話しただろ。もしクロエって子がそれに合致していたら、あの場所で何かがおこるだろうから」

　つまり、夕霧と伊左衛門、まめぞう、さだきち、りすけがいてヒダルが揃えばってやつか。

それにクロエがはまっていればけちぼん池が？　でもはまっていなかったら、アンチ決定？

　ミユウが突き止めた鬼子神社のことは？　結論を急ぎすぎてるような気もするけれど。

　あたしがクロエのことを話さなくても、きっとユウさんは思ったことを実行する。

ならば少しでも化学反応が起こらないようにユウさんにクロエのことを話しておいたほうがよさそうだった。

　ミユウともう一人の同級生と３人で辻沢にフィールドに入って調査していること。

クロエは遊女の家系を調べていること。

今は四ツ辻でインタビューを行っていることなどだ。

「クロエは遊女なんだ。ミュウの鬼子神社の実測と言い、ボクには面白さが分からないよ」

　フィールドワークはその場所や人へのアプローチの仕方であって目的ではないので、大概「それ、おいしいの？」という顔をされる。

「参戦するとしたらいつですか？」

「これから会いに行くから、早ければ今週末の定例で」

　あたしがサキと約束した回だった。

　クロエが危険に冒されるのは心配だけど、あたしの思う一兆倍強いユウさんを信じることにする。

それにあたしもクロエのことを陰から見守ることができるから。

　ユウさんが戸口に立って、

「クロエに何か伝えることある？」

　と聞いてくれたので、ミユウのこととあたしが辻沢にいることはクロエには言わないで欲しいと言った。

ユウさんはその理由を聞かず、

「おｋ」

　とだけ言って足早に駐車場の真っ赤なスポーツカーに向かった。

コテージから見た限りでは車に乗っていたのはユウさんだけのようだった。



　『Ｒ』の当日は朝から落ち着かなかった。

現場でどんなことが待ち構えているか分からないのに、自分だけでなくクロエの心配までしなければならなかったからだった。

　というのも昨晩からクロエのいる場所がおかしいのだ。

昨日は一日休みだったのか調邸にずっといたようだが、夜中になって駅前に急に移動したのだった。

場所をマップにプロットするとそこはサキのいるヤオマン・インで、もしや会いに行ったのかと思ってサキに連絡を入れてみたら来ていないという。

それで直でクロエに連絡したら調邸から追い出されたと言った。

なにをしでかしたのか出禁になったのだそうだ。

鬱らしいのであたしも出禁経験あると言って慰めてあげると持ち直したようだった。

ついでにしっかりユウさんから誘いを受けていることも知れて、今夜あたしたちは『Ｒ』出玉祭参戦決定。

　もう一度サキに連絡を入れて今日の予定を確認する。

すると、こんなことはあまりないけれどと前置きされて、

「時間が早まった。６時に青墓の駐車場で会おう」

　と言われた。

　それで大急ぎでシャワーを浴びて昨日のうちに買っておいた迷彩服を着てヘルメットをかぶりヘッドライトを装着して小ぶりのリュックを用意する。

それに必需品の水平リーベ棒を入れて、夜でも熱中症対策にペットボトル２本と絶対お腹すくからコンビニで買っておいた塩にぎり３つとクロエの動向を記録するノートＰＣ、何か発見した時のために野帳と、ないかもだけど実測する時用にコンベックスと……。

またリュックがパンパンになってるし。