「書かれた辻沢 83」

文字数 1,581文字

 目覚めると息苦しかった。酸素が足りない感じがする。

胸を押さえながら深呼吸をする。

ちゃんとしろ! 今日は本番だぞ、ミユキ。

「やばい気がする」

 ベッドの横で寝ていたクロエが起き上がり、眉間にしわを寄せながら訴えかけてきた。

「いよいよだから緊張するよ」

 あたしたちにとって初めて二人の潮時だった。

クロエの体調も変化して来ていてすでにその時を迎えようとしていた。

ところがクロエは、

「ううん。向こうへ着ていくもののこと」

 と言った。

 けちんぼ池に行くための服装は、昨晩二人で話し合っておそろいの迷彩服にしたはずだった。

「考えてみてよ。あたしたち帰ってこられないかもなんだよ」

「そうだね」

「そうしたら、これどうする?」

 とクロエは壁に掛かった2着のRIBの制服を見上げた。

一着は、クロエがまひるさんのホテルに入り浸った時に譲ってもらった「恋は血みどろ ハッピーエンド」(ハピ血)の真紅の制服。

スカートは膝下丈でフレア、腰には大きな黒いリボンがついている。

もう一着は、エニシの切り替えのご褒美にもらった(「せびったんじゃないよ、あげるって言うから」)「恋の血判状」(恋血)のグレーのブレザーに紺の細タイ、ボックスプリーツタイプのシックな制服。

どちらもまひるさんによるネーム刺繍が入ったマジもんだ。

 クロエはそれのどちらかを着て行きたいと言い出した。

ピクニックではないのだから、きっと汚れちゃうよと言うと、

「けちんぼ池って浄化の泉だって、まひが言ってたから」

 汚れてもきれいになると言う。

 じゃあ何かい? クロエはけちんぼ池に洗濯しに行くつもりなのかい?

 とは言え、クロエにはまひるさんの制服を着てゆくことに意味があるのはよく分かった。

だから反対せずにどちらにするか決めるように促すと、散々迷った結果、

「あたしはこっちね。フジミユはこっち」

 とハピ血の真紅の制服をクロエが、恋血のブレザーをあたしが着てゆくことになった。

なんであたしが? って思ったら

「残して行くの残念すぎる」

 と言うから最初は断ったのだったが、

「いいから着てみなって、似合うから」

 と渡された。

 その時に、そこにまひるさんのたくさんの思い出と一緒に、なぜだかユウさんの記憶の糸が感じられたのだった。

「これって、一度ユウさんが袖を通した……」

 するとクロエが、

「ユウもそう言ってたよ」

 と驚いた表情になった。

 その記憶の糸の中には、少し照れながらこの制服を着ているユウさんと、それを面白そうに見ているミユウがいた。

ミユウは青いラインが涼やかな白地のセーラー服を着ていて、二人はまひるさんから着替え用に貸してもらったのだった。

 あたしはミユウが着ているこの白いセーラー服には見覚えがあった。

 ある日、辻沢から疲れた顔で帰ってきたミユウはその表情に反して明るく可愛いセーラー服を着ていた。

玄関で迎えたあたしはミユウの見慣れないその姿がとても似合って可愛いすぎてしばし虚度ってしまったのだった。

それは今もその時の気持ちと一緒にミユウの部屋に飾ってあるはずだ。

 クロエに促されて制服に袖を通すと、まるでミユウが目の前にいてあたしのことを見ていてくれている気持ちになった。

そのミユウは微笑みながら、

「ミユキ、可愛い」

 と言ってくれていた。

「うん。あたしこれ着てゆくよ」

 とクロエに返事をすると、真っ赤な制服に着替えたクロエが、

「これであたしらまひ担仲間だね」

 と抱きついてきた。

あたしはもとからまひ担だと言いたかったが、気づけばいつの間にかあたしの心がぽかぽかしていているのに気づく。

 朝から緊張のため悲痛な表情をしていたのはあたしのほうだった。

それをクロエはこんな素敵な時間を作ってくれてあたしの心をほぐしてくれた。

クロエと一緒ならきっとミユウを見つけてけちんぼ池に連れて行くことが出来る。

あたしはそう思ったのだった。

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