「書かれた辻沢 68」
文字数 1,733文字
サキの拠点にしたところは、元はナオコさんが住んでいたところだった。
「どうぞ」
と言われて玄関に立つと、こちらが身構える間もなく、いきなり目に飛び込んで来た情景に足がすくんで、それ以上、中に入れなくなった。
青墓で記憶の糸を辿ったときには、ナオコさんが家で何者かに襲われた場面を読み取ったが、ここはまさにその犯行現場だった。
ここでナオコさんは襲われたのだった。
「フジノジョシ、どうした?」
「ちょっと」
纏わり付いてくるナオコさんの最後の記憶の糸を払いのけて、一旦正気を保つ事に集中する。
深呼吸を繰り返し、ようやく解放さる。
それを部屋の中から見ていたサキが、
「ここ、やっぱ不気味だよな。いうて事故物件だから」
と言って床の上の衣服を拾い集めて、押し入れに放り込んだ。
あたしも靴を脱いで中に上がる。
間取りは、玄関上がってすぐが、板張りのダイニングキッチン、その奥に和室が2間並んであった。
左の八畳は、ちゃぶ台代わりの裸こたつ、壁にスレイヤー・R用の道具やミリタリー系の衣服などが掛けてあり生活感があるが、右の六畳は何もなく電気すら付いていなかった。
こたつを囲んで座ると、
「何か食べる? カップラーメンしかないけど」
と言って、こたつの上に色違いのカップを並べた。
「豚骨、醤油、味噌と担々麺、白湯。味噌がお勧め」
サキの後ろにはカップ麺の箱が積み重ねてあって、そこから取り出しているのだった。
あたしはもともとお腹は空いてなかったし、さっきの気分の悪さがまだ残っていたから、
「いいよ」
と断った。
「そお? おいしいのに」
とサキは言って、床の電子ケトルのスイッチを入れた。
「で、今度はなんのお願い?」
と聞いてくる。
「お願い?」
「前は『スレイヤー・R』に参戦したいって」
そうだった。あの時は辻沢のことをもっと知りたくて、まず「スレイヤー・R」からと意気込んで出掛けてきたんだった。
でも、今日はお願いで出来たわけではなかった。
けちんぼ池のことをサキがどう思っているか知りたかったのだ。
「今日来たのは、聞きたいことがあって」
と言うと、サキは、
「言ってみ」
と先を促した。
けれど、いざ話をしようとして躊躇した。
もしサキがけちんぼ池のことをまだ何も知らなかったら。
いきなり、あたしたち4人と一緒にけちんぼ池に行くなんて話をしても、冗談にされてしまうからだ。
電子ケトルの沸騰する音がうるさい。
「ひょっとして」
とサキが言いかけた時、電子ケトルのスイッチが上がる音がした。
サキはさっき並べたカップ麺の中から豚骨を選ぶとフタを開け、電子ケトルのお湯を中に注いで蓋を閉めるた。
「30秒見て」
と言ってしばし沈黙。
「30秒」
とあたしが告げると、サキはカップ麺フタを開けて割り箸でかき混ぜ始めた。
「まだ麺、固くない?」
とあたしが聞くと、カップから塊になった麺を取り上げて口に入れ、ぼりぼり音を立てて食べながら、
「ハリガネ。本場の博多じゃ、バリカタの上の堅さがある」
それ、おいしいのか? と思ってサキの食べっぷりを眺めていると、ハリガネ麺で頬袋を作りながら、
「聞きたい事って、けちんぼ池のことでしょ」
と言った。あたしは意表を突かれて二の句が継げなかったのだけれど、
「そんな顔してたよ」
とサキはあたしが今日来た目的を見透かしていたようなことを言った。
「けちんぼ池のこと知ってたの?」
とは言ったものの、サキはサノクミさんのリング・ノートを由香里さんに渡した本人だった。
そのおかげであたしたちも以前よりもけちんぼ池行きを前進させることができたのだ。
そのサキならば内容を知っていてもおかしくははない。
「ある人から聞いた」
とサキは言った。ノートではなく?
「ある人?」
「ユウって人だよ。ビックリしたよ。本当にクロエとそっくりだったから」
サキはユウさんと会ったのか。やはりユウさんはあの後サキに直接会ったのだ。
「どこで会ったの?」
「ここに尋ねて来た」
嘘だ。そんなはずない。
だって、ここにユウさんの記憶の糸なんてないじゃない。
ならばサキがユウさんと思った人って誰だ?
思いあたるのが一人いた。パジャマの少女。
サキにまで手を伸ばしてくる存在に、あたしは気味が悪くなったのだった。
「どうぞ」
と言われて玄関に立つと、こちらが身構える間もなく、いきなり目に飛び込んで来た情景に足がすくんで、それ以上、中に入れなくなった。
青墓で記憶の糸を辿ったときには、ナオコさんが家で何者かに襲われた場面を読み取ったが、ここはまさにその犯行現場だった。
ここでナオコさんは襲われたのだった。
「フジノジョシ、どうした?」
「ちょっと」
纏わり付いてくるナオコさんの最後の記憶の糸を払いのけて、一旦正気を保つ事に集中する。
深呼吸を繰り返し、ようやく解放さる。
それを部屋の中から見ていたサキが、
「ここ、やっぱ不気味だよな。いうて事故物件だから」
と言って床の上の衣服を拾い集めて、押し入れに放り込んだ。
あたしも靴を脱いで中に上がる。
間取りは、玄関上がってすぐが、板張りのダイニングキッチン、その奥に和室が2間並んであった。
左の八畳は、ちゃぶ台代わりの裸こたつ、壁にスレイヤー・R用の道具やミリタリー系の衣服などが掛けてあり生活感があるが、右の六畳は何もなく電気すら付いていなかった。
こたつを囲んで座ると、
「何か食べる? カップラーメンしかないけど」
と言って、こたつの上に色違いのカップを並べた。
「豚骨、醤油、味噌と担々麺、白湯。味噌がお勧め」
サキの後ろにはカップ麺の箱が積み重ねてあって、そこから取り出しているのだった。
あたしはもともとお腹は空いてなかったし、さっきの気分の悪さがまだ残っていたから、
「いいよ」
と断った。
「そお? おいしいのに」
とサキは言って、床の電子ケトルのスイッチを入れた。
「で、今度はなんのお願い?」
と聞いてくる。
「お願い?」
「前は『スレイヤー・R』に参戦したいって」
そうだった。あの時は辻沢のことをもっと知りたくて、まず「スレイヤー・R」からと意気込んで出掛けてきたんだった。
でも、今日はお願いで出来たわけではなかった。
けちんぼ池のことをサキがどう思っているか知りたかったのだ。
「今日来たのは、聞きたいことがあって」
と言うと、サキは、
「言ってみ」
と先を促した。
けれど、いざ話をしようとして躊躇した。
もしサキがけちんぼ池のことをまだ何も知らなかったら。
いきなり、あたしたち4人と一緒にけちんぼ池に行くなんて話をしても、冗談にされてしまうからだ。
電子ケトルの沸騰する音がうるさい。
「ひょっとして」
とサキが言いかけた時、電子ケトルのスイッチが上がる音がした。
サキはさっき並べたカップ麺の中から豚骨を選ぶとフタを開け、電子ケトルのお湯を中に注いで蓋を閉めるた。
「30秒見て」
と言ってしばし沈黙。
「30秒」
とあたしが告げると、サキはカップ麺フタを開けて割り箸でかき混ぜ始めた。
「まだ麺、固くない?」
とあたしが聞くと、カップから塊になった麺を取り上げて口に入れ、ぼりぼり音を立てて食べながら、
「ハリガネ。本場の博多じゃ、バリカタの上の堅さがある」
それ、おいしいのか? と思ってサキの食べっぷりを眺めていると、ハリガネ麺で頬袋を作りながら、
「聞きたい事って、けちんぼ池のことでしょ」
と言った。あたしは意表を突かれて二の句が継げなかったのだけれど、
「そんな顔してたよ」
とサキはあたしが今日来た目的を見透かしていたようなことを言った。
「けちんぼ池のこと知ってたの?」
とは言ったものの、サキはサノクミさんのリング・ノートを由香里さんに渡した本人だった。
そのおかげであたしたちも以前よりもけちんぼ池行きを前進させることができたのだ。
そのサキならば内容を知っていてもおかしくははない。
「ある人から聞いた」
とサキは言った。ノートではなく?
「ある人?」
「ユウって人だよ。ビックリしたよ。本当にクロエとそっくりだったから」
サキはユウさんと会ったのか。やはりユウさんはあの後サキに直接会ったのだ。
「どこで会ったの?」
「ここに尋ねて来た」
嘘だ。そんなはずない。
だって、ここにユウさんの記憶の糸なんてないじゃない。
ならばサキがユウさんと思った人って誰だ?
思いあたるのが一人いた。パジャマの少女。
サキにまで手を伸ばしてくる存在に、あたしは気味が悪くなったのだった。