182話 ぐにゃりとピンならどっち?

文字数 1,323文字

 新職場2日目。

 昨日僕が自転車を貸してあげた女子高生は僕の雇い主である迫田(さこた)さんの孫娘だった。

 名前は『真直(まなお)

 やっぱり15歳の高校一年生だ。

「文字通り真っ直ぐに育って欲しいっていう気持ちで俺が命名したんだが・・・ぐにゃぐにゃした柔軟すぎる娘になっちまって」
「素直だってことですよ」
蓮見(はすみ)さんよ。厚かましい子だと思ったろう?」
「・・・・・・はい。少し」
「真直には遠慮はいらんからね。あ、それにあの子は土木・建築科だから仕事でこき使っても構わんからね」
「え。すごいじゃないですか。僕の方がビシビシ教えてもらわないと」
「なあに。一年生だからまだまだひよっこだよ」

 真直ちゃんは学校が終わると真っ直ぐ家に帰ってくる。

「おじいちゃん。今日の作業は?」
「アルバイトだ」

 迫田さんが『アルバイト』って言うその仕事は町内の高齢夫婦の家の壁断熱を施す作業だった。

 本業とも言えるエクステリアの受注の他に、頼まれればDIY的に安く仕上げてあげる仕事も請け負っていた。

 迫田さん・真直ちゃん・僕の3人で出向くのがなんだか前の会社で美咲(みさき)さんやサラトちゃんとビルメンテナンスに出動するのを連想して少しだけ切なかった。

「いやー、迫田さん。あんたみたいな腕のいい大工さんにこんなこせこせした仕事頼んですまんねー」
「いえいえ・・・冬はあったかくしないとねえ・・・真直。養生テープは丁寧に貼らねえか。接着剤が柱に付いちまうだろうが」
「ごめん、おじいちゃん」

 僕は壁に接着剤を塗った上から断熱シートを貼り付けていく。

「蓮見さん。ムラなく貼り付けるようにな」
「はい」

 作業内容は違うけれども『丁寧に』というのは現場仕事の鉄則だ。

 丁寧さが全工程のスピードにもつながるからだ。

 実はコスト面でも丁寧な作業の方が結果的には低く抑えられる。

「ようし。今日は上がりだ」

 3人して迫田さんの作業場に戻る。

「どうだい蓮見さん。とりあえず雑用みてえな仕事で二日間だけど楽しいかい?」
「はい。楽しいです」
「そりゃあ何よりだ」
「おじいちゃん。蓮見さんには優しいんだね」
「俺は誰にでも優しいぞ」
「わたしには拾ってきた猫みたいに言う癖に」
「真直がぞんざいな言葉遣いをしたり態度を取ったりした時だけだ」
「ねえねえ蓮見さん、聞いて」
「なに?」
「おじいちゃんねえ、10年ぐらい前まではものすごく厳しかったんだよ。お弟子さん何人も辞めちゃってね」
「かなわんな、真直は」
「だってほんとのことじゃない?竹尺で叩いたりしてたよね。どう思う?蓮見さん?」
「・・・・・今の迫田さんはお客さんにも従業員の僕にもとても丁寧に接してくださるから。『今』が大事なことだから」
「わ。蓮見さん、人間できてる!」
「蓮見さんよ」
「はい」
「真直の言うことはほんとだ。俺は厳しさこそが職人の本質だと思ってた。もし俺が人を見下すような態度を取ってたら遠慮なく正して欲しい」
「僕の方こそ・・・もし仕事やお客さんへの応対がいい加減だったらどんどん指摘してください」
「へえ・・・・・美しいねえ」
「なにがだ、真直」
「師弟愛」
「こら」

 迫田さんが竹尺を真直ちゃんの頭の上で寸止めした。

「・・・・・・真直もかわいい跡取りだからな」

 跡取りか・・・・・・・・


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