121 実演販売とプロモーションならどっち?

文字数 1,087文字

 僕は寅さんの映画を数えるほどしか観てないけど、寅さんの口上がすごくかっこいいと思う。

『結構毛だらけ猫灰だらけ』

 まるで吟遊詩人の域だね。

蓮見(はすみ)くん、スーパーで実演販売をやることになってね」
「?何を売るの?縁美(えんみ)
「包丁」

 スーパーには台所用品や調理器具もある程度は置いてある。ただ大抵の人はホームセンターで買うだろうからその場で必要最低限のものになるはずだ。
 実演販売までして力を入れるものなのかな?

「今年ウチに入った高校新卒の子がね。この辺で一番大きな金物屋さんの次男坊なの」

 鍋やフライパンなんかを卸売してる中堅規模の地元の会社があって、数量は少ないけど縁美のスーパーもそこから包丁を仕入れてる。

 だからまあ表敬デモンストレーションとでも言う感じなんだろう。

「それで、誰が実演販売員を?」
「わたしです」

 まあ縁美なら恒常的に料理をしてるしアガり性でもないから大丈夫だろうと思ったけど彼女自身は結構身構えてた。

「調理作業そのものはカラダが覚えてるからなんとかなると思うけど、上手く買ってもらえるように宣伝できるかな」
「縁美。因みに売る包丁はどんな奴?たとえば有名な鍛冶が作ったとか」
「ううん。大量生産の普通のステンレスの包丁」
「そうなんだ」

 以前僕は自分のビルメンテナンス会社のプロモーション動画を撮影する練習で縁美に付き合って貰った。だからアパートでやろうか、って言ったら縁美は発想の埒外のことを言った。

「料理教室で」

 そんな訳で近くのショッピング・モールにふたりで来た。

 男女問わずキャリア志向のビジネス・パーソンに料理を教える教室に、一コマ単位で参加できたんだ。
 そういう人たちの残業時間を考えて、スタートはなんと夜9時からだった。

「ではみなさん、食材は行き渡りましたか?ゆっくりでいいですよ。料理はスピードだけじゃありません。多少遅いんじゃないか、ぐらいの手際でも後戻りせずに作業を進めることが大切ですので」

 女性の先生はそう言ってる間に里芋の皮を剥いて六等分し、塩で滑りを取って洗うところまで終わってしまった。

「勉強になる」
「僕も」

 縁美は先生の作業しながらのトークを。僕は純粋に料理の手際を脳内にメモっていた。

 なん品か先生のお手本に誘導されながら作って一区切りの時に縁美が手を挙げて質問した。

「先生。実は包丁の実演販売をやらなくてはいけなくなったんです。料理しながら話したり作り方を説明する秘訣ってなんですか?」

 おそらくなんのことか質問の状況を把握するのすらすぐにはできないはずの先生が、ほとんど間を置かずに答えた。

「テキ屋みたいにやればいいのよ」

 あら。
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