248 不機嫌と上機嫌ならどっち?

文字数 1,163文字

『安念さんは?まだ戻ってないの?』
「ええ。今外しておられます。戻られたら電話してもらいましょうか?」
『いい!切るからね!』

 縁美(えんみ)がポスレジの集計を事務部屋でしていたら内線が入ったそうだ。
 まだ若い管理職の男性社員から。
 ガチャっ、と切られてから別のデスクの内線が鳴った。

 縁美の三つ上の男性の先輩がその内線に応答している。

「はい・・・・えっ?」

 なんだろう、って縁美がその先輩を観てると一瞬で顔が白くなっていったそうだ。

「あのね、蓮見(はすみ)くん。これってわたしの感覚でしかないのかもしれないけど」
「うん」
「仕事のパフォーマンスをベストにしようと考えるなら、叱責はなんの効果もないと思うの」

 アパートで晩御飯を食べながら昼間のその出来事を僕に語る縁美はとても悲しそうな顔をした。

「安念さんはね、去年高卒で入った女の子なんだけど、その若い管理職の人にね、かなりプレッシャーをかけられてたんだ。もしその人がもう少しゆったりとした心持ちでいてくれたら・・・・・こんなことにはならなかったかな、って」

 彼女は、バックヤードの奥の誰も来ない場所でしゃがみこんで、泣いていたそうだ。
 縁美の三つ上の先輩が探しに行って見つけたらしい。

「縁美ちゃん」
「先輩、どうしたんですか?」
「安念さんが、辞めたいって・・・・・・」
「えっ、どうして?」
「あの人からこう言われたらしい。『できてないの安念さんだけだよ!』って」
「・・・・・・・・・仕事ですから、お客様へのサービスをより良くしようとおっしゃってるんだと思いたいですけど・・・・・」
「その意味もあるとは思うけど・・・その前に自分ができてないよね」

 安念さんは今日そのまま家に帰って、夕方になって親御さんから電話があったそうだ。ものすごくご迷惑をおかけして申し訳ないけれども、本人がもうそちらで働きたくないって言っているので辞めさせます、と。

「その管理職の人はそれを聞いてどうしたの?」
「社長に、自分のせいじゃないって何度も何度も言ってた。今どきの若い子は我慢がきかないって。でも社長はね、高校を出てすぐ就職してくれた子たちを親御さんから預かって立派な社会人に育てなくちゃいけないって思いを持ってるから・・・・・本当に自分の不徳の致すところだって落ち込んでたよ」

 縁美が疲れた声でそう言った時、三春(みはる)ちゃんが僕らの部屋を訪ねて来た。

「蓮見せんぱぁい、縁美さぁん、マカロニサラダいっぱい作ったのでどうぞぉ」
「ありがとう、三春ちゃん・・・・・・なんだか嬉しそうだね」
「はいぃ。ウチのベビーちゃんが、ハイハイしたんですぅ」

 三春ちゃんが北海道に残してきた赤ちゃんの動画を見せてくれた。旦那さんが毎日撮って送ってくれるそうだ。

「三春ちゃん」
「なんですかぁ?縁美さん?」
「幸せ?」
「もちろん、幸せですよぉ。とってもぉ」


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