206 軽い責任と重い責任ならどちら?

文字数 1,185文字

 僕らの住む地方では冬に雪が降る。

「すまないね、蓮見(はすみ)さん」
「いいえ。大事な営業車ですから」

 僕は迫田さんのバンのタイヤを履き替える作業をした。
 夏タイヤから冬タイヤへと。

「へえ・・・・蓮見さん、手慣れてるね」
「前の会社でやっぱり営業用のバンのタイヤ交換してましたから」
「なるほど・・・・・そう思うと身にならない経験ってものはないんだな」
「はい、僕もそう思います。仕事の基本動作は日常生活の延長でしょうから」

 だから家の手伝いをすることは子供にとって学校の勉強以上に大切な学問と言えるだろう。

「それに引き換えこの子は・・・」
「なになにおじいちゃん?わたしだってタイヤぐらい換えてるよ?」
「嘘つけ!自転車の冬タイヤなんて聞いたことないぞ、真直(まなお)
「違うよ。ベビーカーのタイヤだよ、ひゃひゃひゃ」

 嘘じゃなかった。

 真直ちゃんの高校の土木建築科では学校祭の時に『よろず修理工房』っていうのをやって、若い母親が持ちこんだベビーカーの摩耗したタイヤを真直ちゃん自ら本当に交換してあげたらしい。

「・・・・・たまには人様の役に立ってるんだな」
「おじいちゃーん、いつもだよ、い・つ・も」

 無視して僕は作業を続ける。

 何気ないことと思うなかれ、もし万が一かっちりとタイヤの装着ができなくて『浮いた』ような状態になってしまっていたら運転中に事故につながる恐れだってあるんだ。

 そう思ったら車の整備を仕事にする人はやっぱりすごいと思うし、僕ら大工にしたって暮らす人たちの『安全』をきちんと守る丁寧で責任を持った建築をしないといけない。

「真直ちゃん」
「なに?蓮見さん?」
「偉かったね」

 なんてことだ。

 真直ちゃんが・・・・・・真面目な顔してる!

「ありがとう・・・・蓮見さん・・・・」

 顔を赤らめて、うつむき加減でそう言った。

 なるほど。
 さすがは迫田さんの孫だ。

 アパートに帰ると縁美(えんみ)もきっちりした仕事をしてた。

「ファンヒーターの掃除してるの?」
「あ、蓮見くんお帰りなさい。そうそう。去年の冬仕舞う時蓮見くんが手入れしてくれたんだけど、夏の間に灯油タンクのフィルターとかにやっぱり埃が溜まって。火事になったら困るもんね」
「僕がやるのに」
「ううん。わたしもやっておかないと。メンテナンスといえばスーパーの送迎用のバンのタイヤ交換しなくちゃいけなくなって」
「冬タイヤに?」
「うん。軽四ワゴンならやったことあるんだけど、バンはね・・・・」

 そういえば縁美が年配のお客さんの送迎を始める時にバンの運転の練習に付き合ったんだった。

 なら。

「バンのタイヤ交換、教えてあげようか?」
「うわ!いいの!?」
「うん。将来のために」
「将来?」
「だって僕らが子供を迎えたら、ちょっと大きな車があった方が楽しいでしょ」

 車も、家も、ベビーカーも、ファンヒーターも・・・命に関わるんだから軽い責任なんて実はないはずさ・・・・
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