180 当事者と傍観者ならどっち?

文字数 1,178文字

 日曜のお昼はお寿司だった。

「大将。俺のパートナーだ。いいネタ頼むよ」
「はい。もちのロンです」

 月曜から僕の『雇い主』となる個人事業主で大工の迫田(さこた)さんが連れてきてくれたのは馴染みのお寿司屋さんだった。

 縁美(えんみ)も招待してくれてカウンターで3人並んだ。

「お寿司を口に入れて熱いお茶を飲んだ時にほわっと匂う魚の香りが子供の頃から好きなんです」
「縁美さん、通ですね。どんどん食べてくださいね」

 高いのにすみません、みたいなことをふたりで言うと迫田さんは否定した。

「寿司だから高いのは当たり前ですよ。だからこそ『ごちそう』な訳で。なあ、大将」
「ええ。でも正直苦しいですね」

 回転寿司に駆逐されてこの近隣で生き残ってるのはこの店ぐらい。

「回転寿司だって決して安くないですよ。けれども寿司っていう食べ物を普段着ぐらいの感覚にはしてますよね」
「お金持ちのお客さんは?」

 縁美が訊くと迫田さんは『俺俺!』って自分を指さしたけど大将は無視して言った。

「都会ならばお大尽みたいなお客がいるけどこの辺じゃね・・・それにわたしのモットーは『庶民のご馳走』ですから」
「よう大将。回転寿司がその役割も果たしてんじゃねえのか?」
「果たし切れるのならば、ですね」

 進出の自由があるのならば。
 撤退の自由もあると言った。

「ウチは出前の売り上げも大きい。年寄りだけの家が人をもてなすのはやっぱり寿司なんですよ。ウチが潰れて回転寿司もコストに合わないからって撤退したら『肝心な時に無い』って寿司そのものが見限られるかもしれない」

 縁美が言った。

「実はスーパーも同じで・・・わたしの職場みたいに八百屋から始めた小規模個店は地元への『供給責任』があるって思ってるんですけど、大資本がどこまでそれを考えてくれてるか・・・」

 僕も思うところがあって。

「衣食住は、インフラだと思うんです。どこまでいっても人間の根本だと思うんです」
「蓮見さん」

 迫田さんが僕と縁美に向き直った。

「俺は蓮見さんが自ら会社から『身を引いた』ことがすごいと思ってるんだ。なぜか分かるかい?」

 いいえ、と僕は首を振った。

「経営者の発想だからさ」
「えっ」
「蓮見さんは社長さんが話してくれた経営状況の厳しさが分かったんだろう?」
「はい・・・この人員のままじゃ会社の存続が難しいと客観的に理解できました」
「コストを意識するところまでは誰でもする。だが、本当にリストラをやるってのは並大抵のことじゃない。社長さんは正直に自らの敗北を認めて社員に打ち明けた。社長さんは偉い」
「僕もそう思います」
「だがもっと偉いのは蓮見さんだ」
「え」
「本当に自らの進退で会社を救った。当事者意識が凄く高いんだ。ココロが経営者なんだよ、蓮見さんは」
「ココロが・・・ですか?」
「縁美さんよ」
「はい」
「貴方は立派な男を選びましたね」
「・・・・・・わたしもそう思います」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み