165 ホテルはリッツ?パープル・シャドウ・ナイト?OOH! どっち!?

文字数 1,009文字

「わあ」
「うっ・・・・」

 前者が縁美(えんみ)の声。
 後者が僕の声。

蓮見(はすみ)くん!ベッドが大きいよ!」
「あ、ああ・・・・そうだね・・・・」

 何も起きないって分かってるのに。

 落ち着かない・・・・・

「ウィスキー・ソーダでも飲む?」

 つまりハイボールのことだ。スーパーの有線放送で流れて来た男性ロック歌手がカバーした女性シンガーの曲にそういう歌詞が出て来たそうだ。

 備え付けのキューブみたいな冷蔵庫から出したミニチュアみたいなウイスキーの小瓶とミネラルウォーターとを冷凍庫じゃない製氷室に入っていた氷を落としたグラスに注いでマドラーでひとまわし。

「あっ!蓮見くん!」

 カーテンを開けたら月が見えた。

 そしてなぜか中庭が。

 ふたりでグラスを持ち出した。

「蓮見くん、風がいいね」
「月もいいよ」
「雲もいいし」
「うん。虫の音が・・・いい」

 幼稚園の花壇ぐらいもない小さな中庭に先客が居た。

「こんばんは」

 花と枯れる直前の秋の草がなびくその周りの細道を月明かりで色がくすんで別の色に見えるお揃いのジャケットを着た紳士淑女が歩いていた。

 ほんの少し雲がかかって月の反射が消えるとふたりが熟年であることが分かった。

 遭ったばかりで身の上を話し合う僕ら。

「そう・・・・デキないのね。あなたたち」
「はい・・・・・」
「ははは。実は僕たちも

できないんだ」

 紳士が語る意味は分かった。
 つもりだった。

 でも年齢じゃなかったんだ。

「このひと、もうすぐ死ぬのよ」
「えっ」

 淑女が語る真実。
 紳士は中堅企業の支社長としてずっとこの地方に単身赴任しているそうだ。

 そして、もうすぐ死ぬ。

「僕らはまあ、不倫さ。何十年とね」
「ふふふ。このひとの奥さんには一度ナイフでほんとに刺されたのよ。でもこのひとの子供たち・・・ふたりの息子たちがね・・・」

 僕と縁美には絶対に理解できないことを淑女は言ったんだ。

「『離れて暮らすお父さんと一緒に居てくれてありがとう』って。そう、言ってくれたのよね」

 なんの病気かは訊かなかった。

 支社長としての仕事を後任に引き継いでいるところだっていうその紳士は家族とも離れたまま赤の他人のこの淑女に看取られていくのを選んだってことが一番僕らふたりにとって重要な情報だった。

「じゃあ、ごゆっくり」
「ふふふ。月を楽しんで。彼女さん」
「はい」
「あなたも彼氏さんに最期まで・・・・付き合ってあげてね」
「・・・・・・・・はい」

 おやすみなさい・・・・・
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