FIFTY-SIX サスペンスとコメディ、彼女はどっち?

文字数 1,134文字

 僕は怖いのが苦手だ。

 縁美(えんみ)は平気だけど。

蓮見(はすみ)くん、一緒に観ようよ」
「いや・・・こういうのはちょっと・・・」
「このサイコ・キラーがね・・・」

 サイコ・キラー?

 僕は、トーキング・ヘッズの曲しか知らない。

美咲(みさき)さんはサスペンスとか好きですか?」
「突然だね、蓮見っち。昔のサスペンス映画なら結構好きだよ」
「ヒッチコックとかですか?」
「ううん。それよりは新しい。『羊たちの沈黙』とか」
「・・・それは、この間、観せられました」
「いいですね」
「え。サラトちゃんもサスペンスが好きなの?」
「そうじゃないですよ、蓮見せんぱい」
「え」
「縁美さんと蓮見せんぱい、一緒の部屋で映画観てるんですよね」
「まあ・・・一緒に暮らしてるからね」
「うらやましいです」
「・・・そう?」
「妬ましいです」

 サスペンスだ・・・

 休みの前の夜、また縁美と一緒に映画を借りにレンタル屋さんへ行った。

「最近わたしの趣味にばっかり付き合って貰ってたから、今日は蓮見くんの好きなのを借りて行く?」
「いいの?」
「うん」

 僕が借りたのはアメリカのいわゆるホーム・コメディというジャンルのテレビドラマだ。

 僕自身はリアルタイムでそのドラマを観てた訳じゃないけど、僕の父親や母親の世代が子供の頃に観ていた。
 けれども僕はそれを父親から教えてもらったわけでも母親から教えてもらったわけでもない。

 縁美と一緒に暮らし始める時、『家庭、平和』というようなキーワードでWEB検索したら、いくつかのドラマに行き当たったんだ。

「ふわ・・・」

 縁美は眠そうだ。

 眠くなるくらいに平和なドラマ、と解釈しよう。

「ねえ、蓮見くん」
「起きてたの?」
「どうしてコメディが好きなの?」
「・・・せっかくなら楽しくしたいから」
「わたしたちの暮らしは、コメディじゃない?」
「笑いばっかり、って訳にはいかないよね」
「そうだね。ねえ、蓮見くん」
「なに」
「この女の子、かわいいね」
「ああ・・・このギタリストが叔父さんでね。で、この4歳の女の子が姪っ子で。他にも10歳、13歳の姪っ子三人と叔父さんとこの姪っ子たちのお父さんとで暮らしてて」
「いいよね、子供がいるって」
「そうだね」

 暖かな、家庭。

 僕はアメリカのホーム・コメディに、ハート・ウォームな幸福感を求めてるのかもしれない。

 いつの間にか、僕と縁美は体育座りで寄り添ってドラマを観ていた。

「ビールでも、飲まない?蓮見くん」
「うん」

 縁美が冷蔵庫から350ml缶を二本出してきてくれた。
 カコン、と缶を触れ合わせて、くぴ、とひとくちふたくち僕らは飲む。

「このドラマって何年前?」
「多分、20年ぐらい」
「じゃあ、この女の子たちも、もう大人になってるね」

 そう考えると、少し哀しい。
 
 サスペンスも、コメディも。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み