189 綺麗なココロと醜いココロならどちら?

文字数 992文字

 胸が張り裂けそうだ。

 僕はそんな風に感じて15歳の頃を過ごしていた。

 でも僕と縁美(えんみ)は特別養子縁組を支援する団体の野々原(ののはら)さんからこんなことを聞かされた。

「小さい子が『辛い』って言ってる言葉を大人に比べたらたわいもない悩みだって捉える人が本当に多かったよね。でもその『辛い』が親に今にも殺されそうなぐらいの虐待の辛さだったりするんだよね」

 縁美が言った。

「野々原さん。蓮見(はすみ)くんがこんなことを話してくれたんです。『ココロの大きさは全員同じだと思う』って」
「ふうん。蓮見さん、どうして?」
「今、野々原さんがおっしゃったことと同じ意味だと思います。僕はココロに偏差値をつけるみたいなことは絶対にしたくないんです」
「ココロの偏差値?」

 僕の持論だとか思いこみだとか言われても構わない。

 ココロが綺麗だ、ってことは、実はそんなに意味が無い。

 15歳の僕と縁美が『一緒に暮らす』という人生の決断をするにあたって、周囲のほぼ全員が僕らのことをココロが歪んでる、身勝手極まりない、って非難した。

 そうかもしれない。

 でもじゃあひとのココロはそのひとがどんな境遇にあっても同じでいられるだろうか。

 穏やかに、周囲から守られている境遇の時のココロが淡いピンク色だとしたら、周囲から蔑まれて孤立無縁で誰も助けてくれない時のココロはグレーからブラックに、更に黒が艶も滑らかさも無い、色を表現しようの無い暗さに陥っていくのではないだろうか。

 試しに思い出してみるといいと思う。

 昨日まで周囲の友達と仲間として胸がくすぐったいような幸福の中で生きていた子供が。

 翌朝、突如としていじめのターゲットに成り果てる。

 僕はそういう光景を何度も観た。

 中学の同窓会の時に縁美がいじめで自殺した子を含む同窓会に来られない子たちのことを思って「その子たちを連れてきて!今すぐ!」と言ったように。

 優しく穏やかなココロは偏差値が高く、恨みと嫉妬に焦がれるココロは偏差値が低い。

 そんな偏差値付けは、僕が許さない。

 胸が張り裂けそうだ。

「野々原さん。ココロの大きさがみんな同じだとしたら・・・・子供が小さな体で大人と同じ大きさのココロを支えるのはほんとうに苦しいことだと思います。偏差値じゃなくって、僕ならば綺麗なココロの子よりもまず醜いココロの子を優先的に救うでしょう」

 まだ言わずにはいられなかった。

「胸が張り裂けそうだから」
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