153 成功と失敗のどっち?

文字数 1,088文字

「美咲さん。倒壊建設さんの社屋明け渡しクリーニングって明日ですよね?」
「そうだけど?」
「もう新しく入る会社の荷物が来てるそうです」

 これまでずっとウチのメンテを利用してきてくれた倒壊建設が業況悪化で自主廃業する。次にテナントに入る会社に明け渡すためのクリーニングの受注をウチが受けていたのだ。

 だが、どうやら連絡ミスがあったらしい。

「完全に倒壊さん側のケアレスミスです。関係各所に間違った日程を連絡してたそうです。ご担当の高瀬課長、声が震えてました」
「高瀬課長はミスを正直に認めてるんだね?」
「はい」

 新たなテナント企業側が手配していた運送業者がデスクやコピー機やキャビネットなんかを下ろし始めているという。
 事務所は既にカラだけど運送会社との契約はデスクの設置・据え付けから電話・無線LANの動作確認までとなっているらしい。クリーニングが未了では設置作業が行えない。

「社長」

 僕と美咲さんは報告と提言をした。

「今日、大赤字(だいあかじ)印刷さんのメンテの予定もあります。ですがそちらを延期したいと思います」
「代わりに倒壊さんに行くと言うのか。だが大赤字さんも業務をやり繰りして今日にしたんだろう?大所帯だから相当なご迷惑をお掛けするよ」
「隠さず事情を説明してみます。場合によってはディスカウントや取引見直しを告げられるかもしれません」
「蓮見君の判断の根拠は」
「純粋に切迫度の比較です。倒壊さんは運送業者に賠償する力は無いでしょう」
「先方のミスなのにウチがそこまでするのか」
「・・・・・貧すれば鈍す。廃業の処理で心身疲れ切っておられたのでしょう・・・ただ、事実がそうである以上、関係者の誰かが対処しないといけません」
「わかった」

 社長は大赤字印刷に電話した。

「あ。社長?いつもお世話になります。実は・・・・・・」

 長い電話だ。
 社長は何度も頭を下げる。

「はい。はい。受注価格の割引は30%までならば今お返事致します・・・はい・・・・ありがとうございます。では今後の再調整は担当者から連絡致します」

 最後に大きく腰を折り曲げて電話を置いた。

「延期をご了承頂いた。割引もいらないそうだ」
「えっ!?」
「『明日は我が身かもしれません』そうおっしゃったよ」
「ほんとうですか・・・」
「だが甘える訳にはいかない。何らかのオプション作業で還元させて頂くつもりだ」

 それから、社長は独白のように僕らに言った。

「事業だからね。全案件の黒字確保が経営の基本だ。だが・・・・・・・誰かの失敗をフォローすることが、感謝を超えて尊敬を受ける場合もある・・・・・大赤字さんの社長を俺は尊敬するよ」

 社長のことも・・・・・
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