218 おせちとおもちならどちら?

文字数 1,092文字

蓮見(はすみ)くん。黒豆できたよ」
「うん。じゃあ、大家さんの所に届けてくるね。でも・・・・・こんなに早く作って日持ちするかな」
「うーん。ちゃんと冷蔵庫に入れておいて貰えば大丈夫だと思うけど・・・」

 年末におせちを一緒に作るのが、僕と縁美(えんみ)の仲を保つひとつの儀式かもしれない。

 一年を想い、苦楽を共にしてきたことを再確認する。

 ただ、今年はふたりとも年末ギリギリまで仕事があるので前倒しで作業を進める。

「大家さん。どうぞ」
「あれあれ毎年すまないねえ。蓮見くんと縁美ちゃんの黒豆、いつも神棚とお仏壇にお供えしてるんだよ」
「ありがとうございます。ちょっと今年は早いですけど」
「しょうがないよ。蓮見くんも新しい仕事で大変だろうし。あれだろ?お年寄りの一人暮らしの家だろ?」
「はい。表向きは年越し前のドアやら棚やらの修理ってことになってますけど、買い物を頼まれたりとか」
「何でも屋だね」
「でも、誰もできないんです。身内の方たちも東京から帰省しませんし」
「まあ『お客様』のつもりで田舎に休憩しに来られても困るけどね」

 僕は答えない。

 答えたら、姉さん夫婦を批判することになってしまうから。

「できた!」
「うん。上出来」
「でも、毎年思うけど」
「うん」
「蓮見くん。わたしたちの家族にも本当は食べてもらいたいよね」
「・・・・・そうだね」
「食べてもらって、今年はなますがちょうどいい塩加減だとか、お煮しめの味が染みてるとか・・・・・」

 団欒。

 遠方に離れた姉や義兄に対しては僕の親たちはそれを望み、でもできないのに。

 同じ県に住む僕たちとはやろうと思えば団欒できるのに、忌み嫌い遠ざけようとする。

「おおい!蓮見くん!縁美ちゃん!餅つきやるよ!」

 それは大家さんの器量でもって毎年やってる餅つき大会。
 町内単位でもなく、このアパートと数軒隣り合った昔から暮らしてる人たちとでやるささやかなもの。

「毎年思うけど・・・臼と杵を貸し出してもらって本格的につきませんか?」
「おやおや。機械だって人間と遜色ないんだよ?」

 大家さんが持ってる『もちつき機』でつくんだ。

 業務用の大きいやつだけど。

「ほれ!不平不満言わずに、ちゃんと丸めないか!」

 大家さんの指示に従って近所の子供たちや、仕事の時間が不規則でほとんど顔を合わせないアパートの店子さんたちと鏡餅用の丸いものや、後で切り餅にするためにに平べったく伸ばした餅をくっつきにくい米用の紙袋を広げた上に成形して並べていく。

 大家さんが僕と縁美のところに来て、こう言った。

「蓮見くん、縁美ちゃん。団欒の代わりになってないかね?」

 ・・・・・大家さん、今年もありがとうございました。
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