135 イアフォンとスピーカーならどっち?

文字数 1,092文字

 仕事帰りで地元の駅からアパートまで歩く時、少し遠回りしてアーケードを通るのが好きだ。

 いわゆる八百屋さんや魚屋さんが軒を連ねる商店街の原型ってわけじゃなく、途中でデパートの敷地と隣接していて、年季の入ったオーダーメイドの婦人服店や渋い純喫茶店、この地方の子はみんなここでランドセルを買うんじゃないかっていう老舗のカバン屋さん、ステージがあってライブハウスの雰囲気も持つステーキハウスなんかが並んでいる。

 決して盛えている絶頂期ではなく緩やかな下り坂の景気のアーケードだけど、なんだか『街』って感じがするんだ。

『あ。いいな』

 僕がまず目に留めたのはダンスの練習をする女子ふたり。
 高校生だろうか。
 古着を売ってる小さな間口のショップの前にスマホを立てかけてその動画を見ながら練習している。

 ショウ・ウインドウを自分たちの姿見にして。

 その子たちの後ろ姿をチラ見しながらミニシアターの脇にかかる。

 このミニシアターは実は一旦閉館して今は営業していない。
 けれども復活する、っていうニュースを聞いて僕は心まちにしている。

 以前縁美(えんみ)と入ったカフェシアターももちろんいいんだけど、ある程度の人数でスクリーンを共にし・・・・・時には共にエンドロールで涙をこぼす・・・・そういう空間がいいんだ。

 さらに僕はアーケードの奥、というか中央を通過してもうひとつの端の方へ進む。

 手相占いの女性が、机に座っていた。

「いかがですか?」

 声をかけられて僕はどうしてか診てもらいたくなった。
 その女性はちょっと年齢不詳だけど落ち着いた雰囲気で・・・・こんな言い方をしたら不謹慎と思われるかもしれないけど、人の手を見るその女性自身の手の甲が、とてもきめ細やかで美しい肌だった。

 僕は自然に丸椅子に座ってそのひとと向き合った。

「子供を」
「はい」
「授かるでしょうか・・・・・」

 僕が子供ができない事情も何も話さないけど、そのひとはこう言った。

「両方の手のひらをいっぺんに出してください」

 言われた通り彼女の前に、すっ、と差し出す。凝視もせずに続けて言った。

「大丈夫。良い子が来てくれますよ」

 そのひとことで僕は安心した。
 
 だって、そのひとは生まれる、とは言わなかった。

『来てくれる』って言ったんだ。

 さよなら、と別れを告げて歩き出すと、静かなピアノがアーケードに吊るされたBOSEのスピーカーから流れて来た。

蓮見(はすみ)くん。それってサティのジムノペティだよ』

 口ずさむと縁美がそう教えてくれた曲だった。

 僕はイアフォンも持ってるけど。
 この空気を伝わってみんなで分かち合える音楽が好きだ。

 縁美とも、多分つながってる。
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