TWENTY-EIGHT クラシカルとポップの狭間?

文字数 1,066文字

 実は縁美(えんみ)はピアノが弾ける。隠してた訳じゃないけどアパートにピアノって置けないし。

 いや、ほんとのこというと電子ピアノも進化しててイヤフォンをしてアパートで本格的な演奏をすることだって可能だ。

 単に経済的理由とお考えいただければ。

「あっ!」
「お」

 そして僕らは街中でその不思議なピアノを見つけた。

蓮見(はすみ)くん・・・空色のピアノだよ!」
「うん。雲まで描いてあるね」

 駅の吹き抜けになった通路に置かれてたんだ。誰でも自由に弾いていい水色のスタンドピアノ。確かにこういうシチュエーションで弾いてるのを動画で何度か観たことがある。

「ね」
「うん」
「弾いていい?」

 ダメだという理由なんてひとつもない。むしろ僕も縁美のピアノを聴きたい。

 ただ残念なことに僕はクラシックのことをほぼ知らない、ってだけで。

「え・・・・・と」

 背の高い縁美はけれども腕も指も長いので鍵盤と椅子との距離を空けてまるで海外のピアニストのようにダイナミックな演奏姿勢を作った。

「じゃあ、いくよ」

 わ。
『運命』だ。

「蓮見くんが知ってる曲がいいと思って」

 この激しい曲を弾きながら話す余裕のある彼女。

 うん、確かに。僕ですら知ってるってことは世の全員が知ってるレベルの究極の楽曲だろう。

 曲の知名度はもちろん、縁美の演奏は素人の僕にも力強いってことが分かった。

 音圧、っていうんだろうか。
 ほんとに細い指なのに鍵盤が潰れるんじゃないかってほどに乱暴に沈み込んでる。

「超ショート・バージョン!」

 そう叫んで縁美は2分ほどで、ダン!と演奏を終えた。

 20人ほどの乗降客が笑顔で拍手する中、縁美は背筋真っ直ぐに立ち上がってお辞儀で応える。

「リクエスト、いいですか?」
「わたしの知ってる曲でしたら」

 3歳ぐらいの男の子を連れたまだ若い父親が声を掛けてきた。

「西田敏行さんの『もしもピアノが弾けたなら』って弾けますか」
「いけますよ!」

 古い曲だけど、大勢の人が知ってる歌だろう。縁美はたやすい、って感じで自分のアレンジを加えて弾き始めた。

 歌のパートを主旋律にして。

 街中にも風が流れるんだな。

 お父さんが微かに声を出して歌ってる。世代が違うこの曲に思い入れのある人生か・・・

「お粗末さまでした!」

 我に返ったみたいに急に恥ずかしくなったのか、照れ隠しで縁美は挨拶もそこそこにピアノから逃げてきた。

 追いかけるようにありがとうと父親が手を振ってる。

「ねえ、縁美。電子ピアノ買おっか」
「え!いいの!?」
「うん」
「やった!ありがとう、蓮見くん!」

 実は僕のために弾いて欲しい曲があってね・・・
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