ONE HUNDRED THREE 半月と満月、美ならどちら?

文字数 1,090文字

 夏の終わりの夜空を見上げると思いがけず月がはっきりと見えることが最近あって。

 僕が愛読している二元号ぐらい前の純文学ならば、ぼう、とした光で盆踊りのやぐらの真上に浮かんだ黒雲の少しかかった満月というイメージなんだけれども今日の月はひとあじ違う。

 スイカを切ったみたいな半月。

蓮見(はすみ)くん、首が痛くなっちゃった」

 ふたりとも仕事帰りでちょうど同じ電車になった。
 縁美(えんみ)が途中の駅から乗って来ることを見越して僕らは必ず前から三番目の車両に乗ることにしている。

 ドアステップに寄り添って電車の窓から一緒について来る月を見上げてたんだ。

「ほんとうにちょうど半分の半月だね」
「スイカを四等分したやつを真横からみたら確かにこの形だね」

 電車から降りた後も月を見上げてアパートを目指した。

 飽きない。

 縁美が腕を組んできた。

「暑いけど我慢して」
「ううん」

 気温と比較するとその肌は。

「冷たい」
「んん?」

 不服そうな彼女の横顔。

「まるで冷酷女みたいな言い方」
「そんなことないよ。手が冷たいのは心があったかいって言うよね」
「蓮見くん。無理やりそういう説を作ってない?」

 僕の勝手な自説でなく定説だろう。

 コンビニに寄って、なんとなくわらび餅を買った。

「お月見っぽい気分で」
「半月の月見なんて粋だよね」

 縁美ははしゃいでる。
 わらび餅の入ったスチロールの容器を左の手のひらに乗せて僕にオーダーした。

「抹茶を1/4、きな粉を3/4の割合でまぶしてね」

 どうやら縁美なりの黄金比率みたいだ。

 一緒にパッケージされてた小袋を開封して僕はその通りにふりかけた。

「蓮見くん、口開けて」

 ギザギザの刃が側面についた楊枝で、ぽすぽすと餅を切って、それから、つっくんと刺して僕の唇にわざと表面の抹茶の粉ときな粉とをくっつけた。

 ぽいっ、と放るようにわらび餅本体を僕の口に入れると縁美はクレームした。

「お行儀わるいよ」
「だって縁美が」

 僕は、ぺろ、と唇をなぞってから答えた。

「僕に粉つけるから」
「上手い!」

 突然大きな声の縁美。

「なにが上手いの」
「言ったでしょ?わたしは中学の時に蓮見くんが修学旅行でチェッカーズ歌った時から

たんだよ」

 ついでに訊いた。

「じゃあ、中2の夏休み前の終業式の日にレモンピールのジャムを置いてったのもそういうことなの?」
「うん。もちろん。でもわたし、その時の初見でお母さまに既に嫌われちゃったみたいで」
「なんでだろう」
「それはね」

 縁美は自分もわらび餅を食べながら言った。

「月とすっぽんだから」
「どっちがどっち」
「そんなの、お母さまに取っては決まってるでしょ」

 嫌な親子に見えたろうな。
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