THIRTY-FIVE スズメかツバメか?

文字数 1,094文字

「ちょっと思うところがあって」

 日曜の午後遅い時間になって縁美(えんみ)から珍しく神社の参拝に誘われた。
 一週間分の惣菜の作り込みが終わったのでふたりして歩いて出かけた。

「どうしたの?急に」
蓮見(はすみ)くん、あのね」

 はっきりとは言わずただ仕事でちょっとね、と言った。縁美がひとりで悩んでることがあるなんて思ってもみなかった。
 
 最初の神社に着いた。
 賽銭箱の前にふたり並んで立つ。

「あれ?」

 社殿の中に供物の台があってその向こうが奥本殿になっているので陽の光が差し込んでちょうど逆光になる。
 小さな動きが逆光のシルエットとなって供物の台の上に見えた。

 羽ばたいてる。

「スズメだ」
「わ。ほんとだ」

 供物のコメをついばんでいるようだ。

「泥棒だ」
「ふふ。まあまあ、蓮見くん」

 縁美はにこっと笑ってつぶやいた。

「お恵み、受けてるんだね、小鳥も」

 もうひとつの神社へも歩いて行った。
 どうして縁美は神社をはしごするのか。

「あれ?・・・この箱・・・?」

 僕と縁美が社殿の中に入って行くとお賽銭箱の脇当たりの土間に和菓子の空き箱が置いてあった。
 箱の中には藁屑と・・・それから・・・

「フン?」

 ふたりして天井を見上げた。

「ツバメの巣だ」
「ほんとだね」

 家主は今留守みたいだった。
 僕らは並んで二礼二拍手一礼した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 縁美はかなり長い時間手を合わせている。
 僕は自分の合掌を解いて、縁美の横顔を見ていた。

 辛いのかな。
 僕と一緒に暮らしてても、辛いのかな。

 そもそも、縁美はしあわせだって思ってるのかな。

 ようやく彼女は目を開けた。

「ごめん。お待たせ」

 僕はどうしてかこう声をかけた。

「もういいの?」
「・・・うん」

 社殿前の階段を、と・と・と、と軽く駆け下りる縁美。
 そのまま両腕を腰の後ろに真っすぐ引いて手の平を組み合わせ、背筋を反らすぐらいにして真っ白なデニム生地のデッキ・シューズの爪先も反らせて大股で歩いて行った。そのままの姿勢でくるん、と僕の方に反転する。

「も、だいじょぶ、だよーっ!」
「あっ!縁美!」

 その瞬間の僕の声で縁美はまた反転して鳥居の方角へ向き直る。

 ヒュッ!

 黒い弾丸が連弾で縁美の髪がかかった耳の脇をすり抜ける。
 右耳、そして左耳と0.00001秒ほどのわずかな時間差でもって。

 そのまま二発の弾丸は思わず身をかがめた僕の頭上をかすめて社殿に突っ込んでいった。

「ツバメだ!」
「帰って来たんだね」

 そのまま急減速してツガイの二羽は巣作りの作業に集中していた。

「夫婦ってことか」
「違うかも」
「え」

 僕が不思議な顔をすると縁美は笑ってこうつけ加えた。

「同棲かも」
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