181 初出勤は遅刻?間に合う?どっち!?

文字数 991文字

 今日から新しい職場に通う。

 自転車出勤なんだ。

蓮見(はすみ)くん、ハンカチ持った?」
「うん・・・・」
「タオルは?」
「持ったよ」
「作業服、ちゃんとフィットしてる?大丈夫?」
「大丈夫」
「じゃあ」

 縁美(えんみ)が僕の首に軽く腕をまわして頭をトントン、と撫でてくれた。

「行ってらっしゃい」
「行ってきます」

 出勤の首抱き頭トントン。

 気分よく行ける。

 自転車で通えるからって近いわけじゃない。30分間結構なスピードで走らないと着かない。
 職場は僕のたったひとりの上司にして親方であり雇い主である迫田(さこた)さんの自宅兼作業所。

 一応場所の確認のため一回自転車で往復してみたので迷うこともないはずだ。
 しかも僕の性格上余裕なく行動するのがダメなので早めに出た。

 なのに。

「わああああ!」
「えっ」

 後5分ほどで到着するっていう地点で前を走っていた自転車が脱輪した。

 排水溝に前輪だけ突っ込んで、女の子が辛うじて両足で後輪が落ちないように支えている。

「大丈夫ですか?」
「うっ・・・・・・・・・・無理です」

 確かに無理っぽい。
 僕が手伝って自転車を引き上げてみるとハンドルが90°近く右にズレた状態で固定されてしまっている。
 加えて前輪のフレームが歪んでる。

「派手にやっちゃいましたね」
「どうしよう。学校に遅れてしまう」

 この制服は見たことがある。思い出す前にその子が言った。

「丘の上の高校の生徒なんです。これじゃあ朝読に間に合わない・・・」
「朝読?」
「はい。朝、本を読まされてて」
「読まされる?」

 授業が始まる前に読書をする時間が設けられているそうだ。

「読書は嫌い?」
「ううん。好きです」
「じゃあ、なんで『読まされる』なんて」
「好きなものを読めないので」
「課題図書でもあるの?」
「いいえ。世間体があるんです」

 女子高生も大変なんだな。

「どうしよう・・・・」
「丘の上なら自転車だとキツイでしょ」
「立ちこぎで一気に登ってるんです」

 なるほど。
 なら。

「僕の自転車、使う?」
「え。いいんですか?」

 あまり遠慮をしない子だってことは雰囲気で大体分かったので貸してあげた。

「返す時はどうしましょうか」
「えっと。僕の職場がここからだと割と近いんだけど」
「なんて所ですか」
「大工なんだけど・・・・個人の家だから場所が分かるかな」
「大工?あの、どんな?」
「え?エクステリアって分かる?門の扉とか作ってるんだけど」
「それ、ウチです」

 え。


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