205 職人と芸術家ならどっち?

文字数 1,104文字

 人間は必要でないことに力を注ぐから人間なんだ、っていうことを何回か聴いたことがあるけど。

 ちょっと違うような気もするんだ。

蓮見(はすみ)くんって芸術家だよね」
「?縁美(えんみ)、なんで?」
「だって、迫田(さこた)さんに弟子入りして今覚えようとしてる仕事だって、たとえば格子戸なんかだと日本の伝統芸術とも言えるでしょ?」
「う・・・・・・ん・・・とね・・」

 アパートで夕食のロールキャベツをふたりで向き合い食べながら『芸術談義』が始まった。

「迫田さんと一緒に仕事して分かったんだけど、『実用』ってものをとても大切にしておられるんだ」
「実用?」
「そう。もちろん美しいエクステリアをって意識を持って仕事はするんだけどつまりは衣食住の『住』の部分だから、人間の生活に必須の部分なんだよ」
「そっか」
「『食』だってそうだよね。確かに芸術の域に高められたみたいな美食ってものはあるんだろうけど、食べて生きる、ってことが根本にないとね」
「じゃあ、蓮見くんにとっての芸術ってなに?」
「迫田さんの感覚を学んだ今となっては音楽だろうと絵だろうと小説だろうと漫画だろうと演劇だろうとアニメだろうと・・・その人にとって無いと死んでしまうものだろうね」
「無いと死んでしまう?・・・・そこまでのもの・・・?」
「うん。僕にとって何冊かの小説はもし無かったら死んでしまってたかもしれない。特に15歳の縁美と暮らし始める直前に読んだ小説は僕の志向を定めたと思うよ」
「そっか・・・・わたしもそういえば、あるかも」
「うん」
「ちょっと違うかもしれないけど、真夏の夜に見上げた空に月があって・・・それでココロを回復できたことが何度もあったな・・・」
「月は芸術だよね」
「同じ月でも朝日の真向かいに見えてた有明の月にも救われたことがあるし・・・」
「創作で救われたことは?」
絵プロ鵜(えぷろう)ちゃんの漫画が無かったら死んじゃうかもしれない」
「ほんとにそうだね」

 僕らはお互いにそれぞれが別々に触れた本や、それから一緒に観た映画だとか、僕らふたりの『恩人』みたいな芸術を語り合った。縁美は毎日の白いご飯が芸術だと言って、さすがだと思った。

「縁美」
「なに?」
「僕にとってはキミも芸術だよ」
「えっ・・・・・・」
「キミのその高い背と、ほんとうに綺麗に反るぐらいに真っ直ぐな姿勢と、やっぱり真っ直ぐで直線に近い曲線の脚からつま先までも・・・本当に芸術作品みたいに思ってるよ」
「は・・・・・」

 うん。

「はずかしいよ、蓮見くん・・・・」

 僕はでもまだ縁美を許さない。

「キミの容姿だけの話じゃないんだ。もっと大切なのは、キミの人格だよ」
「・・・・・・・・ありがとう」
「縁美っていう人間が、僕にとって芸術なんだ」
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