179 流行りと廃りならどちら?

文字数 1,089文字

 僕は流行が苦手だ。

蓮見(はすみ)くん。似合ってるよ」
「そうかな」

 土曜の午後。

 月曜からエクステリアに特化してる迫田(さこた)さんの所で働き始めるので作業服専門の服屋さんにやってきた。

『かっこいい服にしなよ』って迫田さんが言っていたので縁美(えんみ)にもコーディネートしてもらって自分も着てて楽しいデザインのものを選んだ。

「作業服をカジュアルでも着る人が増えてるって聞いてたけど、ほんとに女子も結構いるね」

 彼女が言う通り店内に女性客も何人か歩いていて僕は縁美が羨ましがっている雰囲気を感じ取った。

「縁美も何か買えば?」
「ふだん着で?」
「うん」

 彼女は長身なので一般的な服屋さんでもTシャツをメンズの売り場で選ぶこともあるんだけど。

「どうかな」

 試着してみたのはやっぱり男物で黒に近いぐらいの濃紺のツナギ。

 かっこいい。

「似合うよ」
「そう・・・・・?」

 照れてる。

 今度は靴も。

「安全靴?」
「うん。わたしが美容室に勤めてた頃の先輩で女子なんだけどね。バンドやっててステージで履いてたんだ」

 つま先が金属製のそれ。

「間違ってギターを落っことしても平気だって言ってたよ」
「ふ。でも5年前でもうそんな風にしてたんだ。最先端だね」
「美容師もバンドも一応クリエイターだからね。徹底して『人と同じが嫌』だったみたい」
「へえ・・・・・・」

 縁美の言葉で思い出した。

 僕は実家を出るまで地元でご夫婦で経営している理容室へ髪を切りに行ってたんだけどそこの奥さんが毎回僕に言ったんだ。

「短い髪型が流行ってる時に長くして長い髪型が流行ってる時に短くするのね」
「え。いけませんか?」
「ダメじゃないけど」

 後になってクラスの人間からこんなことを言われた。

「俺もあの店に髪切りに行ってるけどお前のこと『変わってる』って言ってたぞ」
「ふうん」

「蓮見くん?」
「あ。ごめん」
「何か考えてた?」
「うん」

 僕は理容室の奥さんの思い出を縁美に話した。

「すごく奥さんの感覚が意外だったんだ」
「うん」
「サラリーマンのお客さんの髪型を『スタンダード』なものにってアドバイスするのならわかるんだけど、若い人間の流行の捉え方が」
「多分、暗にダサいって蓮見くんに言いたかったんだろうね」
「奥さんは『若い男の子は私が切る』って自負があったと思うんだ。センスも技術もあるって思ってたんだろうね・・・・でも、クリエイターじゃないって思った」

 言ってて自分自身少し心配になったので縁美に訊いてみた。

「大袈裟かな」
「ううん」

 縁美は即答した。

「大事なことだと思う。個性とかカッコいいとかそんな意味じゃなくてもっと人間の根本の部分だと思うよ」

 迫田さんはどうだろうか。
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