SEVENTY-FIVE 稲妻と雷鳴とどっちも?

文字数 1,194文字

「セーフ!」

 ふたりして笑いながらアパートに飛び込んだ。

縁美(えんみ)。少し濡れた?」
「ううん。蓮見(はすみ)くんこそ(したた)ってない?」
「平気」

 雨粒は決して大きくないのだけれどもさーっ、と霧のようにふたりの服の表面を湿らせて繊維に浸透していった。

 カーテンを開け、窓を全開にする。

「観て」

 ショウだった。

「稲妻」
「うん」

 白くて微かに蒼い光。

 無音で、街の向こうの夕闇の空が、昔の蛍光灯の明滅のようにカ・カ・カ・カ、とフラッシュする。

「それから、雷鳴!」

 縁美が中二病満点の声で指図すると、期待したほどよりは遠くくぐもった音で、ド・ドォン、と音が響いてくる。

 鎮まった後、もう一度稲妻。

 ビルが逆光で立体感を増す。

「わかる?蓮見くん」
「うん」

 吸い込んで、答えた。

「近づいてるね」

 近づいてくると、僕たちは悟った。

 光にも音があるって。

「わ」

 稲妻が音を立てた。

 カ、って。

 その後、間がほとんど無かった。

 ガリドドゴゴゴゴゴーンーンーンンン・・・

「あ」

 LEDが消えた。

「停電だよ!店子(たなこ)ども、火の始末!」

 一階から大家のおばさんが怒鳴る。

「なんか、いいね」

 火の始末、っていわれたけど僕らは火を点した。

「きれい・・・」

 震災以来、緊急避難用のリュックを用意してるんだけど、その中にあった非常用の背の低い丸いローソクにライターで点火した。

 台所の作業用テーブルで僕らはローソクを挟んで向かい合う。

 縁美の頬をローソクの光が撫でて、うぶ毛が見えてくる。

 それから、まつ毛が火で黒く、きらめく。

「あ。蓮見くん、気になる?」
「え」

 縁美は何を言うかと思ったら。

「健康診断で眼圧の検査の時に空気鉄砲みたいので、ひゅっ、て風を当てるでしょ?その時、睫毛が邪魔だって、指で目を開かれちゃった」
「・・・検査する人は・・・男?」
「?ううん、女の人だったけど?」

 よかった。

 その後何度も何度も稲妻と雷鳴が交互に起こったけれども、だんだんと遠ざかって行った。

「あ」

 部屋の明かりが戻った。

「はいお疲れさーん!」

 大家のおばさんがみんなを労う。
 停電なんて、遭い難いものに遭えた感じだったな。

 ローカル・ニュースがあったので、僕らは何日かして地元の霊験あらたかで近隣の県からも参拝客が訪れる神社へ行ってみた。

「参拝の方は足元に気を付けてくださいねー」

 山の入り口にさしかかる冷たくて清涼な空気の境内に、大きな木が横たわっている。
 それは根こそぎじゃなくって、幹の上半分。

 この神社の木立の中の真っ直ぐな杉の木にこの間の雷が落ちたんだ。

 真中で見事な断面で折れて地面に横たわる大木。

 残った根本半分にはしめ縄が巻かれていた。

「蓮見くん」
「なに」
「あの爆発みたいなのは音だったけど、稲妻の先がこの樹に落ちたんだよね」
「そうだね」
「ものすごい確率の、それがこの樹だったんだね」

 縁美はまるで何かを完全に理解してるみたいな言い方で・・・
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