NINETY-TWO ホタルを観るなら大勢?ふたり?

文字数 1,024文字

「ごめんねサラトちゃん」
「いいんです。蓮見(はすみ)せんぱいに頼られたら嬉しいです」

 サラトちゃんのおばあちゃんの住む山の麓の集落。

 夕方、みんなで集まった。

「約束だったからね」

 夏の初めに花火をする場所を求めて彷徨ったメンバーで。

 美咲(みさき)さん、絵プロ鵜(えぷろう)、サラトちゃん、僕、縁美(えんみ)の順で小川の前に横一列に並んだ。

 小川はまるで境界線みたいに山の外周を巡っていて、とっ、とひとまたぎで山へ入ると、そこに獣道が一本、斜面を登って行く、そういうかわいらしい流れがせせらいでいた。

「蚊が」
「絵プロ鵜ちゃん。プロの漫画家なら眼前の美しさに集中しなよ」
「そうでござった」

 美咲さんに言われて絵プロ鵜だけでなく僕らも観た。

 薄い夕暮れのブラッド・オレンジとピンク・グレープフルーツのような繊細な空の色の下に、決して電子機器では再現できない光の明滅が始まった。

「縁美。観える?」
「うん。観える・・・」

 そんな必要ないのに僕と縁美はできるだけ静かな声で確認し合った。

 蛍のグリーンを。

「きれいだ」

 そのひとことに、サラトちゃんが素直に訊いた。

「絵プロ鵜さん。『きれいだ』だけですか?」

 絵プロ鵜の答えが、僕らを異世界へと(いざな)う。

「サラトどの。言葉にできぬので(それがし)は絵にするのだ」

 目の前に観えてる光なのに、僕らはココロの中で絵を描いた。

 夕方の日の光すら消えていくと、ホタルの蛍光色が濃くなった。

 照度も増すと僕らの足元も見えなくなる。

 手の、指先も。

『せんぱい』

 触れた爪の感触から、サラトちゃんの声が聞こえた。
 僕の指の間に、彼女の細くて長い指が滑り込んで来る。

 絵にも描けぬなら。
 触れ合うしかないのか。

 サラトちゃんを拒むのではなく、僕は僕の隣のもうひとりの指に触れた。

『縁美』

 僕の指先からの声は伝わるだろうか。

 答えはサラトちゃんがしてくれた。

「あの。ふたりにしてあげましょう・・・」

 僕と縁美はふたりだけで並んで小川の下流へ向かって歩いた。

「月が邪魔だね」

 僕の不遜な問いかけに縁美は素直だった。

「ほんとだね」

 僕らのわがままが聞こえたのか、月影に反射していた白い雲が月を隠して黒色に変わる。

 更にグリーンの光は力を増すけどホタルの光で足元を照らすなんてロマンティックな現象はあり得ない。

 僕は、とっ、と小川を跨いで山の側に入った。

「縁美」
「うん・・・」

 小川を挟んで手をつないだ。

 落ちないように。

 ふたりを隔てるものがあっても、ふたりでゆっくりと歩いていけるように。
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