ONE HUNDRED SIX 吉と凶ならどっち?

文字数 1,213文字

「大吉!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・どうしたの?蓮見(はすみ)くん」

 僕は黙って縁美(えんみ)におみくじを見せる。

「凶・・・・・・・」
「うん。凶」
「今日は凶なんちゃって」

 縁美は決して冗談を言わないわけではないのだけど絶対に縁美が言わないような種類の冗談を言うことからも彼女のうろたえぶりが分かる。

 30分前、こんな冗談を言っていたのだ。

「蓮見くん、今日ふたりとも吉だったらこれからもずっとふたりの間柄は吉っていう予感がするんだ」
「ふうん。なんで?」
「わからないけど、なんとなく」

 普段はゆっくり参拝できない僕らの街の氏神さま。

 これは互いの祖母やらお年寄り全般からのアドバイスで、月に一度はお参りするようにしている。

『自分で買った土地のつもりでも、自分が借りてる宿のつもりでも、ぜーんぶ氏神さまに

んだからね』

 大家さんの更に大元の貸主である氏神さまに日曜の朝、お参りしに来たんだけど・・・・・

「うん。うんうん!ほら、おみくじは神様がこういうことにご注意なさい、って教えてくださってるわけだから、今日の凶の時点から気をつければきっと吉に転ずるよ」

 それは分かってる。
 すごいよくわかるんだけど、今日に限ってっていう思いもある。

「おはようございます。どうかされましたか?」

 ほうきと塵取りで石畳の参道を掃除ているおばあさんから声をかけられた。僕らも挨拶を返す。それから縁美が解説する。

「・・・・・ということなんです」
「ふうん。ところでご主人、お仕事は?」
「(ご主人・・・)ビルの掃除なんかをやってます」
「なら話は早い。こんなふうにして掃き清めればいいんですよ」
「掃き清める?」
「リセット、っていうんですか?若い人の間では。半年に一度、夏越しの祓(なごしのはらえ)年越しの祓(としこしのはらえ)を当社でもやってます。ご存知?」

 知ってる。6月の終わりと12月の終わりのお祓いのことだ。こく、とふたりで頷いた。

「おぎゃあ、って生まれた時から人間は知らず知らずの内に日々の生活の中で悪をなし、垢や汚れが溜まっていきます。それを半年に一度神様に取っていただく趣旨ですけどね。それを自分で毎日やればいいんですよ」
「毎日ですか?」
「はい。朝はふたりして『行ってきます』『行ってらっしゃい、チュッチュ!』ってやってるんでしょ?」
「チュ、チュッチュは・・・・」

 時々だけ。

「帰ってきたら『ただいま』でしょ。それでその時にね。『今日も一日がんばった。リセットしてください』って心の中でつぶやくだけでいいんですよ。ほれ、ひとりだと忘れるんならふたりでやればいいんですよ。その後でチュウでもなんでもなさればよろしいのよ」

 心を掃き清めたつもりの僕らは帰りに神社の隣のずっと昔からやってる喫茶店に入った。

 すすけたたおみくじ機がまだテーブルの上に置いてある。

「蓮見くん」
「う、うん」

 ボール型の機械に100円玉を入れてレバーを引く。

「大吉」
「やったね!」

 多分、大吉しか入ってない。
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